兄貴分・ポールに対する弟・ジョージの複雑な反抗心
ビートルズ研究家の香月利一氏は「週に8日はビートルズ」という本の中でこんな指摘をしている。
ポールとジョージの仲の悪さが解散の大きな原因ではないだろうか。
さらにこう続ける。
ビートルズメンバーはジョンとポール、ジョンとジョージ、ジョージとリンゴ
といった組み合わせでホリデーツアーを何度も行っているが、
ポールとジョージの二人一緒の旅行は一度もなかった点にも、それをうかがい知る事ができる。
元々、ジョージはポールの引きでビートルズに加入した。まだ子供の頃の話だ。
それ以降、ジョージにとって、ポールは常に兄貴分として存在していた。
そして、ビートルズの初期の頃、ジョージは、ジョンとポール、あるいはエプスタインやジョージマーチンから、末っ子(奥手の子)としてのキャラ付けをされるのである。
例えば、この頃、ジョージが担当したいくつかの楽曲の詞を見てみよう。
1)Do You Want Know A Secret?
Listen
聞いて。
Do you want to know a secret. Do you promise not to tell, whoa oh, oh
僕の秘密知りたい?誰にも言わないって約束する?
Closer
じゃあそばに来て。
Let me whisper in your ear.Say the words you long to hear.I'm in love with you
耳元でささやいてあげる。 君が待ちわびている言葉さ。実は君が好きなんだ。
まるで中学生の告白のようなウブなやりとりがかわいい。
2)Devil In Her Heart
She's got the devil in her heart
彼女の心の中には悪魔がいるんだぜ(ジョンとポール)
Oh, no, no, no, this I can't believe
ちがうよ。ちがうよ。そんなの信じないよ(ジョージ)
She's gonna tear your heart apart
お前の心を傷つけようとしてるんだぜ(ジョンとポール)
No no way will she deceive
ちがうよ。ちがうよ。騙されないぞ(ジョージ)
意地悪な先輩が後輩をからかっているようなやりとりだ。
3)I'm Happy Just To Dance With You
I don't need to hug or hold you tight
キスしたいとも手を握りたいとも思わない
'cause I'm happy just to dance with you
君と踊っていれば幸せなんだ
収録アルバム「A hard day's night」のジョンの他の歌「家に帰れば」「You Can't Do That」等と比べるとジョージの歌の純心さが際立っている。
★
これらの歌詞を読むと、初期の頃のビートルズの4人のキャラ分けがおぼろげながらわかってくる。本稿の主旨ではないので詳細は記さないが、一言で言うならば、ジョンは知的リーダー、ポールは明朗闊達、リンゴは野性的、そしてジョージはハニカミ屋という感じだろうか。
★
さて、そんなジョージではあるが、Help、RubberSoul、Revolverと徐々に成長をとげていき、次第に自分の個性を歌詞に入れていくようになる。例えば、ビートルズの曲ではじめて社会的な内容となった「Taxman」はジョージの作品である。
そんなジョージがビートルズ内において、良くも悪くも特異なポジションを得たのが「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」であった。
実は、この「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」はジョージの影が薄いことでも知られている。
このアルバムは全体的に、ギターというよりもキーボード、あるいは他の楽器が前面に出るアレンジが多い。
それまで主に、ジョージが担当してきたギターソロの見せ場も、このアルバムでは、「Fix A Hole」しかない。
名演奏とされる「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」「Good Morning Good Morning」のギターソロはジョージではなくポールが弾いているのだ。
さらに、ジョンの名曲「Benefit of Mr.Kite」ではバスハーモニカ、最後を飾る「A Day In The Life」ではマラカス担当として伝わっていが、「A day In The Life」の別バージョンでは、ジョンにマラカスの音が大きすぎると指摘されている。
悲しいジョージ。
しかし、一方、ジョージがこの時期に一番表現したかった「Whthin You Without You」が収録されているのもこのアルバムである。
この歌詞は、それまでのビートルズのどの曲にも見られなかった奥の深い哲学的な内容だ。
それまでのジョージの幼稚さがここで一挙に逆転した感じの内容である。
実は、あまり知られていないが、この歌で歌われている思想は、ジョンの詩的世界をも先取りしているのだ。
例えば以下の2つのフレーズに注目してみよう。
With our love we could save the world
愛があれば、僕達は世界を救うことが出来る
No one else can make you change
何者も君を変えることは出来ない
上の一行は、「All you need is love(愛さえあればいい「愛こそはすべて」)」、下の一行は、「Nothing’s gonna change my world(何も私の世界を変えることは出来ない「アクロスザユニバース」)」に先駆けているではないか。この時点で思想的には、すでにジョンの先に行っていたというのが僕の説である。
さらに、僕はこの「Whthin You Without You」の以下のフレーズが気になっている。
the people-who hide themselves behind a wall of illusion never glimpse the truth
幻想の壁の陰にじっと身を隠した人々 彼らは真実を見つめようとしない
これは周知の事実であるが、「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」はポール主導で進められたプロジェクトである。
それに対して、ジョージは、あまり乗り気ではなかったようだ。どこかで「単なる仕事として参加した」というようなことも言っていたと記憶している。
ある意味、ポールの独走に対して、皮肉ったのが上記のフレーズではないかと思われるのだ。
その皮肉られたポールのフレーズこそ、「Fix A Hole」の次のフレーズなのである。
the people standing there who disagree and never win and wonder why they don’t get in my door
むなしく意見を闘わせながら 自分たちが僕のドアに入ってこない理由を考えあぐねている
二人が言い合っている「幻想の壁」あるいは「僕のドア」というのがドラッグによる意識内の世界と日常の世界を隔てる壁と解釈する事が出来るが、このあたりにポールとジョージの冷たい心のぶつかりを感じてしまうのだ。
また、この「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」に入れるつもりだったのが、結局は入れてもらえなかったジョージの曲の存在も知られている。
それは「Only A Northern Song」である。
そして、この曲の中にもポールを皮肉った歌詞が見られる。それが以下のフレーズだ。
If you think the harmony.Is a little dark and out of key.
この曲のハーモニーをなんだかあいまいで調子っぱずれだと思うんなら
You’re correct.
君は正しいのさ
There’s nobody there.And I told you there’s no one there.
そこには誰もいないんだ わかったかい そこには誰もいないんだ
ここの楽曲でいうNorthern Songというのは、自分達の音楽著作権を管理していたノーザンソング社の曲、すなわち、自分達の曲のことである。
そして、ここでジョージは調子っぱずれの曲と皮肉っているのは、この頃のビートルズの曲を特徴付ける一連の不協和音の曲を指している。
ちなみに、これから20年後に、ジョージは「FAB(When We Was Fab)」というビートルズのパロディとも思えるような曲を発表しているが、その曲も不協和音を特徴としていた。
さらに、ジョージはその自分達の曲に対して、そこには誰もいないんだと言っている。
おそらく、この頃のジョージはビートルズの曲に本当の自分達が表現されていないという感じを抱いていたのではないだろうか。
特にポールの曲作りに関して、微妙な違和感を感じていたと思われる。
ジョージはポールにこう言ったことがあるという。「僕はそんな風に歌は作れない。君は何でも作り上げちゃうだろ。自分にとっては本当は何の意味も成さないことでも」と。
かなり辛辣な発言である。ただ、それがこの時期、ポールに対する正直な気持ちだったのである。
同様の気持ちは、また、別の曲でも表現されている。
それは、「Sgt. Pepper's Lonely Heart Club Band」の次のアルバム「The Beatles」に収録された「Savoy Truffle」である。
その箇所を引用してみよう。
We all know Obla-Di-Bla-Da.But can you show me, where you are?..
オブラディオブラダのことは誰でも知っているけど、君はどこにいるんだい?(姿を見せてご覧)
このような思いを抱きつつ、ジョージのビートルズに対する想い入れも、段々少なくなっていったと思われる。
そして、1969年初頭のゲットバックセッションへと続いていくのだ。
「Let it Be」の映画の中でもジョージはポールとの言い争いの場面が収録されている。ポールにしてみれば、全く悪意はないのであろう。ただ、その無邪気なポールの態度が逆にジョージのプライドを気付けていたのかもしれない。
また、「I Me Mine」ではこのように歌っている。
Now they’re frightened of leaving it
Everyone’s weaving it,
Coming on strong all the time,
All through the day I me mine.
I-me-me mine, I-me-me mine,
それを言わずにいるのをこわがっているみたいに
みんなが我がちにしゃしゃり出て
のべつまくなしにまくしたてる
朝から晩まで 俺が 俺が 俺が
勿論、この歌詞で見られるようなジョージの叫びは、ポールに対してだけではなく、スタジオにヨーコを連れて来るジョンに対しても向けらていたと思われる。
いずれにしても、「Within You Without You」「Only A Northern Song」「Savoy Truffle」「I Me Mine」とジョージの曲を並べてみると、香月さんが示唆するような、彼のポールに対する正直な気持ちが見えてくることは確かなようだ。
★
しかし、よく考えてみれば、この曲を書いた頃、ジョージはまだ26歳である。
20代で世界の頂点に立ったFAB4。
元々個性の強い彼等の自我のぶつかり合いがあったとしても無理は無いのかもしれない。
しかし、そのぶつかり合いがあったからこそ、あの素晴らしい音楽の数々が生れていったのである。彼等のビートルズ時代の楽曲と解散後のソロでの楽曲はどちらが人々の心を打ったか。それは言うまでもない。
そして、解散からだいぶ経ってからではあったが、アンソロジーでポールとジョージとリンゴが楽しそうに語らう映像が公開された。
そこには、過去のわだかまりどころか、人一倍強い絆を感じさせるものがあった。
その3人の楽しそうな映像は、いつまでも僕の心を癒し続けてくれる。
まさむね
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