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2009年6月10日 (水)

『A Day In The Life』~現代社会にぽっかり開いた穴~

数年前、2chのビートルズ板で、最萌トーナメントという企画があった。

毎日、ABC順に2曲づつが選ばれ、自分の好きなほうを投票していくトーナメントである。

それで決勝に残ったのが、「A Day In The Life」と「Strawberry Fields Forever」の2曲。



そして偶然か必然か、最後はほんの1票差で「A Day In The Life」が優勝したのだ。

僕はその時は「A Day In The Life」に投票したが、もしかしたら苺に投票していたかもしれない。

おそらく、これに参加していた人たちはみんな、そんな感じだったと想像する。

トーナメントが終わった後の書込みでは、どちらが勝ってもおかしくなかった、楽しかった、などの賛美が数多く見られた。



さて、今日は、この優勝曲「A Day In The Life」について語りたいと思う。

ご存知通り、この曲は「ロックの金字塔」といわれた「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」のエンディング曲である。



この曲の一番でジョンは独特の声でこう歌う。(日本語は内田久美子訳より引用。)



I read the news today oh boy about a lucky man who made the grade

And though the news was rather sad

Well I just had to laugh

I saw the photograph.


今日、新聞で読んだよ。

運良く名をなした男の話だ。

少々悲しいニュースなのに僕は笑わずにいられなかった

そこに載ってた写真をみてね


He blew his mind out in a car

He didn’t notice that the lights had changed

A crowd of people stood and stared

They’d seen his face before

Nobody was really sure

If he was from the House of Lords.


彼は車を運転してるうちにぶっ飛んじまって

信号が変わったのに気がつかなかったんだ

野次馬がたくさん寄ってきて

見覚えのある顔だとみんなが思ったものの

そいつが上院議員だと断言できる人はひとりもいなかった


知ってる人の死。悲しむというよりも興味本位でそれを眺める人々。

しかし、知っていたとしても本当は誰かもわからない。確証がない。

現代の人間関係の希薄さを象徴するこの歌詞にゾッとする。

僕はこの歌詞に、渋谷の高層マンションで「孤独死」した飯島愛を重ねてしまう。



そして歌詞は二番につづく。

イギリス軍が戦争に勝ったという映画の話だ。

これはジョンが出演した「How I won the War」の事を歌っているといわれている。

しかし、その歌詞はあくまで冷静だ。

I saw a film today oh, boy

The English army had just won the war

A crowd of people turned away

But I just had to look

Having read the book


今日、映画を見たよ

英国陸軍が戦争に勝ったという話だ

人々は揃って顔をそむけたけれど

僕はじっと見ずにいられなかった

本を読んだものだからね


戦争というは、多くの人が苦しんで死んでいく壮大な悲劇だ。

しかし、その戦争を冷淡に眺めるジョンの視線。それもまた、不気味だ。



そして、この歌は、幻想的な間奏をはさんで、目覚し時計の音ともに、別世界の話になる。

ポールの声でこう歌われるのだ。

Woke up, feel out of bed

dragged a comb across my head

Found my way downstairs and drank a cup

and loking up, I noticed I was late

Found my coat and grabbed my hat

Made the bus in seconds flat

Found my way upstairs and had a smoke

and somebody spoke and I went into a dream


朝 目を覚ましてベッドから転げ落ち

やっとの思いで髪をとかすと

ふらふら階段を降りてお茶を一杯

ひょいと時計を見上げる  遅刻しそうだ

コートを引っかけ 帽子をつかみ

ぎりぎり間にあってバスに飛び乗ると

二階席へ上がって煙草を一服

誰かが話しかけてきたころには夢の中へ逆戻り


普通の人の日常の一コマだ。僕の毎日もこれと少しも変わらない。

ただ唯一、この歌の主人公が「煙草」を吸って意識が遠くなるところを除いては...

それにしても一方で、一人の男が孤独死し、海の向こうでは戦争が起こっていても、自分の日常は全く変らず、機械的に進んでいく。

そんな自分が住んでいる世界のありかたをこの展開部は表現している。



そして、歌はさらに、不気味によじれていく、三番に突入するのだ。

I read the news today oh, boy

Four thousand holes in Blackburn, Lancashire

And though the holes were rather small

They had to count them all

Now they know how many holes it takes to fill the Albert Hall

I'd love to turn you on


今日 新聞で読んだよ

ランカシャーのブラックバーンに4,000個もの穴があいてたって話だ

わりと小さい穴だったそうだが

ひとつずつ全部数えなくちゃならなかったらしい

アルバート・ホールを埋めるのにどれだけの穴が必要か

これでわかったことだろう



君達を刺激してやりたい


このholes(穴)をヘロインの注射の穴、turn you on(刺激してやりたい)をマリファナを教えてやりたいというように、この歌をドラッグソングとして解釈することは容易だ。

しかし、僕にはこの歌はさらに深いものを感じる。

ランカシャーというのは牧草地帯だ。

そこに無数の穴が空いている。そしてその穴がアルバートホールを埋め尽くすというイメージ。

それはholesとHallの語呂の一致を超えて、我々に幻想的なイメージを与える。

勿論、アルバートホールというのは世界権力、科学技術、芸術、植民地主義、大英帝国などを生み出した現代文明の象徴である。

そのホールが、すっぽりと草原の暗黒の穴に埋め尽くされるというイメージ。



僕はここで、村上春樹の『ノルウェイの森』の不気味な冒頭のシーンを思い出す。

それは、主人公・ワタナベトオルが思い出す恋人の直子の話の中の世界だ。

その直子は既に、自ら命を絶っていてこの世にはいない。

直子がその井戸の話をしてくれた後では、僕はその井戸の姿なしには草原の風景を思い出すことができなくなってしまった。実際に目にしたわけではない井戸の姿が、僕の頭の中では分離することのできない一部として風景の中にしっかりと焼きつけられているのだ。(中略)僕に唯一わかるのはそれがとにかくおそらしく深いということだけだ。見当もつかないくらい深いのだ。そして穴の中には暗黒が-世の中のあらゆる種類の暗黒を煮詰めたような濃厚な暗黒がーつまっている...


村上春樹は、この「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」を繰り返し聞きながら『ノルウェイの森』を執筆したという。

もしかしたら、「A Day In The Life」の三番の歌詞のイメージがなんらかの影響を与えたのかもしれない。



おそらく、この草原に空いた穴というのは、現実世界に存在する不意の死、事件、不条理な不幸、そして死への衝動をも表している。

その穴は個人を落とす(一番)ことも、国家を落とす(二番)ことも、そして世界文明を落とす(三番)こともある。

誰しもが、その穴に落ちるかもしれない可能性を秘めているのだ。

この歌が不気味なのは、こう歌ったジョンが、自身の死を予言していたかの如く、13年後の12月8日に、その穴に落ちてしまったからだ。



しかし、それでも僕たちはポールが歌うパーツのような機械的な日常を繰り返すしかない。

残された男は、それでも行き続けるしかない。そのどうしようもない現実の悲しさ、それがこの歌の主題である。



そして、僕は明日もまた、遅刻しないように満員電車で会社へ向かうのだ。何かにせきたてられるように...



まさむね



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※ランカシャーの美しい写真はこちらのブログから拝借いたしました。(Deer Marshのアンティーク商品情報とか

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