武光誠の著作における思いっきりの良さは尊敬に値する
最近、本屋に言って気づくのは、歴史コーナーで「古事記」や「日本書紀」関連の本が増えたことだ。
僕が学生の頃は、岩波文庫や講談社学術文庫ではあったような気がするが、現在のように地図本、漫画本、図解解説本がコーナーに並ぶような状況とは程遠かった。
おそらく、これも時代の流れなのだろう。日本人が自分達のことをもう一度、考え直そうというブーム。それはそれで、結構なことだ。
確かに、記紀を読んでみると、そのストーリーが面白いのと同時に、現代の日本人の倫理感、感性に通じるものを発見することがあり興味深い。
例えば、日本人のキレイ好きは、イザナギの禊に通じるだろうし、人の和を尊重する気風は、大国主命の話し合いによる国譲りに起源を求めることも一興だろう。
また、日本人の酒に対する寛容さは、スサノウによる八岐大蛇退治、ヤマトタケルによるクマソタケル成敗の話が両方とも、酒を敵に飲ませて油断させたところを倒すという、ある意味、卑怯な戦闘に対する自己正当化かもしれないなどとも考えてしまう。
さらに、海幸彦の山幸彦に対する意地悪な態度が後々の不幸を呼び寄せるところとか、ニニギノミコトが木花咲耶姫命と結婚した際に、石長姫を帰すところから天皇家の子孫の寿命が短くなってしまう逸話を見ると、不寛容に対する戒めをそこに読み取ることも可能だ。
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また、古事記を読んでいて面白いのは、このように現代に通じるあるモノを見つけるのと同時に、当時の日本の状況、価値観、事件等を推理するヒントがそこかしこに隠されているところにもあるだろう。「一冊でつかむ天皇と古代信仰」(平凡社新書 武光 誠著)は、そんな知的好奇心を満足させてくれるに足るお手軽な一冊である。
もともと、この武光先生の著書は、学者らしい緻密なデータと、一方で、学者のくせにこんな不用意な事言っていいの的な思い切りの良さのバランスに特徴がある。そして、その思いっきりのいい一言は、読者に、程よい考えるヒントを、また、緻密なデータは安心感を与えてくれるのである。
例えば、上記の本ではこんな言い切りがある。
古代の日本には、神がつくったすべての人間は善なるものだとする発想がつよくみられた。つまり、悪事を行なった人間は、体が一時的に汚れたような気の迷いからまちがいを犯した。泥やごみのついた体は洗えばきれいになる。それゆえ、穢れた者は祓によってもとにもどるとされたのだ。
僕は以前から、日本人は、何故ヤンキーに優しいのだろうと漠然と思っていたが、それは「人間は善なるものだ」という古代からの日本人の信仰にもとづいた観念と繋がっていたのか、と、この一節を読んで納得してしまうのであった。
また、こんな文章もある。
手長、足長の神は、縄文時代以来受け継がれた自然神信仰をもとにつくられた神だと考えられている。諏訪では、そこの最高神と縄文的な神々が共存できた。しかし、朝廷は縄文的な神を否定した。そこで、『古事記』などでは縄文的な神々をまつる人は、手足の長い土蜘蛛として軽蔑の対象とされていた。
今でこそ、手足の長い人はスタイルがいいということで尊重されているが、古代ではむしろ、軽蔑されていたのか。現代のスタイル信仰の起源はもしかしたら、縄文的価値の復活かもしれないと考えさせられたりもするのだ。
さらに、もう一つ。
山幸彦は、呪い返しを恐れて後手で呪術を行なった。相手が呪力をもち呪い返しをすれば、呪いが自分にはね返ってくる。しかし、後ろを向いていれば呪いはかからない。
この発想は近年までみられた。夜道で誰かに声をかけられても、決して振り返ってはいけないという俗信がある。
そういえば、ドラマなどで、上司が部下に残酷な命令を下す際には、後ろ向きの状態で言うというシーンがよくある。もしかした、その構図の起源は古事記のこのシーンにあったのかもしれない。
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とにかく、武光先生の著作は面白い。ちょっと前まで放送していた日テレの「日本史サスペンス劇場」の専門家席に座っているだけの人だと思ったら大間違いの切れ者なのである。「県民性の日本地図 」(文春新書) 、「名字と日本人―先祖からのメッセージ」 (文春新書) 、「「型」と日本人 」(PHP新書) 、「天皇の日本史 」(平凡社新書) 等、どれをとっても、イデオロギー臭さも無くとても読みやすいので日本史があまり得意でない方も是非、手にとってみてほしい。
まさむね
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