僕等日本人は「差別と日本人」が持つ毒に耐えられるか
「差別と日本人」(野中務 辛淑玉)は毒のある書物である。
僕たち、日本人にとって、見たくはない歴史、現実をあまりにも鋭く突きつけるからだ。
おそらく、部落差別問題のなんたるかを全く知らない人が読んだら、この毒のせいで、しばらくは放心状態になってしまうのではないだろうか。特に二人の対談の合間に入る、辛淑玉の書く太字の解説文が持つ毒は、新書の域を超えている、と僕は思う。
おそらくこの本を読めば、ある人は「お前に言われたくない」と、怒るだろうし、ある人は、人間とはそういうものだと、一般論に逃げ込もうとするだろうし、ある人は、「そんな事はあり得ない」と問題から目をそらそうとするだろう。
しかし、辛淑玉は言う。
差別とは、富や資源の配分において格差をもうけることがその本質で、その格差を合理化する(自分がおいしい思いをする)ための理由は、実はなんでもいいのだ。部落だから、外国籍だから、朝鮮人だから、沖縄だから、女だから・・・。自分たちの利権を確保するために資源配分の不平等を合理化さえ出来れば、その理由などなんでもいい。
彼女が言っているのは、差別とは、個々人の倫理の問題を超えた社会の問題であるということである。
そして、日本という社会が、その根本に差別構造を内包しているということなのである。
さらに言えば、必然として、その差別構造の上に乗っかって、僕たち、日本人の平穏な生活があるということなのである。
そこまで現実を突きつけてくるこの本を僕等はどのような覚悟で読めばいいのだろうか。
また、この本は、皇室に対しても、かなり踏み込んだ発言をしている。
大正年間に「神武天皇稜」を上から見下ろす位置にあった被差別部落は、家だけではなく、墓や「遺骸」までをも根こそぎ強制的に移動させられたという事実が語られているのである。そして、天皇制により、部落の人々はより貶められていったと結論付けられる。
しかし、その一方で、被差別者の失われたアイデンティティを補償する存在として皇室の存在が、被差別部落民を支えたというのだ。
皇室の対極として必然的に生み出された部落差別と、その被差別部落民の心をささえた皇室という、二つの極の複雑な関係性は、部落差別問題の複雑さそのものなのであろう。
おそらく、辛淑玉が語る部落差別根絶の論理の結末は、反天皇制にならざるを得ない。
この論理を目の前にしたとき、僕等はどういった態度を取るべきなのか。差別をなくすことと、皇室を存続させることの両立は可能なのであろうか。例えば、宮台真司が言うように、日本人が、他ではない、まさに日本人であり続けるために、天皇という機能的な装置(システムとしての外部)を要請する時、その装置の裏側に被差別部落が貼り付いているということになりはしないのだろうか。
しかし、ここで、辛淑玉は、井沢元彦がいうところの日本人の「穢れ」という宗教観念、そしてそれが部落差別を生むという日本人独特の構造については触れてはいない。あくまで、先の引用部分でもあきらかなように、差別というものを経済格差を温存するための(無意識な)イデオロギーとしてのみ捉えているように思う。
勿論、差別が打倒すべきものであるならば、彼女の見立ては正しいのであろうが、僕が思うに、差別は打倒するというよりも、社会の仕組みを変えることによってのみ、乗り越えられていくものなのではないのだろうか。
かつて、浅田彰は昭和天皇が亡くなる直前に皇居で土下座する人々を指して「土人」と言ったが、比喩的に言えば、日本人が差別を乗り越えるためには、「土人」としての日本人は「市民」にならなければならないのだろう。
そして、それは、社会を自覚的に作り直す意志を持たなければならないということだ。別の言い方をすれば、社会をそのままにして、部落差別だけをなくすというのは難しいということだと思う。
いささか、楽観的にすぎるかもしれないが、民主党が政権を奪取したことによって、日本人は一歩だけその方向に進んだといえるのかもしれない。
鳩山由紀夫氏は、新総理としての記者会見で、国民に対して「政権に参画してもらいたい。」と言ったが、それは、実は、大変難しいことなのだとこれからわかってくるのだ、と僕は思う。
本エントリーの文脈とは全く関係ないが、この本を読んで野中務という人物の心の広さ、人間の大きさを感じることが出来た。彼のような懐の深い政治家は、今、国会にどの残っているのであろうか。誰か教えて欲しい。
まさむね
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