網野史学が提唱する日本民族意識の底の浅さは本当か
日本人というのは、古来より一つの民族でありつづけたという漠然とした常識(日本の民族意識)に対して、常に疑いの目を持ち続けたのが網野善彦氏である。
「東と西の語る日本の歴史」において彼はこう語る。
それにしても、われわれはこれまで、あまりにも安易に、日本人、日本民族という観念にあまえかかりすぎていたのではなかろうか。ひとたび、この観念を突き放して検討してみると、じつはそれは、案外に底の浅い、ドグマにみちたものだったように私には思えるのである。
これは、日本という国がまだそれなりに自信に満ち溢れていた1982年の言葉である。網野氏は続ける。
・・・・スペイン・イタリア・フランス、あるいはオランダとドイツ、ノルウェーとスウェーデンなどの違いの幅と、東日本と西日本、西日本と朝鮮半島の違いの幅と、果たしてどのくらい違うのであろうか。その幅が、これまでなんとなく考えられてきたよりも、東日本と西日本との間では広く、西日本と朝鮮半島との間では狭いことだけは間違いないと私は思うのであるが・・・・

しかし、それを踏まえても、網野氏がこの本で提示する説、日本の古層に東西の対立軸があること、もう一段細かく言えば、長い間、「東国-九州」VS「西国-東北」という政治力学あったという図式は、現在の僕たちにとってもそれなりに面白い。
例えば、家紋の全国分布を調べてみると、意外に、関東・中部地方と九州地方に共通点が見られたりするところに、網野説を裏付ける発見があったりするのだ。

有名人で言えば、関東出身の鷹の羽紋を持つ人は、小泉純一郎(神奈川)、梶原一騎、エノケン(東京都)、野間清治(群馬県)であり、九州出身では、壇一雄(福岡県)、霧島一博、先代・朝潮太郎(鹿児島県)、中村汀女(熊本県)などがいる。(画像は、小泉家の墓所で撮影した「違い鷹の羽紋」)
また、長野が発祥の雁紋、梶の葉紋は、意外に鹿児島県に多い。NHKの大河ドラマ「篤姫」で瑛太が演じて有名になった肝付直五郎は雁紋、養子先の小松家は梶の葉紋である。
おそらく、網野氏は、僕のようなただの歴史(家紋)好きが、自分の趣味で歴史を推理するためのネタ本にするために、多くの著作をしたためたわけではないであろう。しかし、彼が「東と西の語る日本の歴史」を脱稿してからおよそ30年、日本人の意識はどんどん網野氏の夢想した方向から離れてしまっているようにも思える。
つい四十年前まで、「神風」が吹くことを期待するようなおろかさをもちつづけた日本人の「民族意識」が、いかに根の浅いものであるかを徹底的に考えない限り、われわれは、最近の中国をはじめとする東アジア・南アジアの人々からの批判のような、「恥知らずの民族」という汚名を、いつまでももちつづけなくてはならないことになろう。
我々の年代以上の人々はともかくとして、網野氏が書いたこれらの言葉に共感出来る若者は、ほとんどいなくなってしまったような気もするがいかがであろうか。日本の民族意識はいつの間にか、網野氏の想像を超えて根の深いものになってしまっているのかもしれない。
まさむね
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