どんなものでも私宛の贈り物だと勘違いできる能力
よしむねさんの「管総理再選に思う、「何もしないことの歓び」について」というエントリーを読んで、イタリアという国に興味を持った。そこで、イタリアといえば塩野七生さんというわけで、彼女の書いた「日本人へ 国家と歴史篇」という新書を読んでみた。
よしむねさんが言われるようにイタリアという国は2000年前に全盛時をむかえ、その後はゆるやかに衰退しつづけている国である。しかし、一度は天下を取った余裕とでもいうべきか、彼らに悲壮感はない。現代でもイタリア料理やファッションといった付加価値の高いブランド力を維持し、経済力や軍事力といった数字に表されるような指標では決して上位ではないにしろ、国の存在感という意味では今でも無くてはならないポジションを占めているように思える。
まさしく、よしむねさんが文の末尾に書き添えた以下は正解である。
イタリア人がこの世にいなかったら、世界の中のどれだけがつまらない、味気ないものになっていたことか。素敵なファッションや車のデザインもなく、パスタもオペラもない社会。何もしないイタリア人はたいしたものだね。
それにしても、「日本人へ 国家と歴史篇」を読んで思ったのは、その国の歴史と現代を生きる国民との関係という意味で、日本はもっともっとイタリアに学ぶべきではないかということだ。ようするに、自国の歴史物語を一人一人が自分の財産として心の中に持っていれば、少々貧しくとも、国民はプライドを持って生きていけるにちがいないのだ。
僕は日本人一人一人が歴史へ目を向けるためのきっかけの一つとして家紋というものに注目すべきだと思っている。実に幸福なことに現在の日本人のほとんどが先祖伝来の家紋というものを持っている。ご先祖の墓に行けば家紋が刻まれているのだ。例えば、先日作った「【特別企画】日本近代文学者の家紋一覧」の一覧表も見ていただければご自身の家紋と同じ文学者が見つかるのではないだろうか。そしてそこから、日本民族、そして日本の歴史に対して想像力を広げていくことも出来るのではないだろうかと思うのである。
さて、塩野さんの本を読んでいて気になるところがあった。彼女がイタリアのブランド品について書いているところだ。イタリアのブランド品はもともと、伝統的なイタリアの職人の創意工夫、いうなれば魂の結晶として作られたものだ。それはただたんに高価なわけではない。そこには様々な歴史や物語があるというのだ。
しかし、その伝統的なイタリアの職人層が、不法就労の中国人達の侵入によって価格破壊にさらされ、壊滅的打撃を受けているというのである。しかも、市場原理主義(グローバルスタンダード)の嵐の中、高価な品物がさらに売れなくなってきているらしいのだ。
そこで、彼女はこう述べている。
高い品と安い品のちがいは、買い手の想像力を刺激するかしないかにもあるのではないかと思っている。一千円のユニクロのセーターは、セーターにすぎない。だが二十万円のアルマーニのスーツは、私を幸福な気分にするだけではなく、これをいつどのように使うかにも考えをめぐらせることで私の想像力が高まり、めぐりめぐったとしてもその成果は、一冊の歴史物語にもなりかねないのである。

素晴らしい作品がそれを受け取った人の想像力を喚起し、その人がさらに別の表現行為をする、そしてその連鎖は、さらに上質のものの創造に向う...これは、先日、僕がコスプレ論で書いたことにも通じているのである。
確かにそうだ。問題は、「なにか」を受け取った人がそれを「贈り物」と思える能力=感性こそ、重要なのではないだろうか。
僕が敬愛する内田樹先生も「街場のメディア論」の中でこう述べている
ですから端的に言えば、何かを見たとき、根拠もなしに、「これは私宛ての贈り物だ」と宣言できる能力のことを「人間性」と呼んでもいいと僕は思います。
世界を意味で満たし、世界に新たな人間的価値を創出するのは、人間にのみ備わった、このどのようなものをも自分宛ての贈り物だと勘違いできる能力ではないのか。
内田先生の言葉の前では、塩野さんが「高価」というものが想像力を高める力になるという言い方は若干、「甘い」あるいは「生ぬるい」というべきかもしれない。残念ながら塩野さんは価格という価値、あるいはおばさんの常識論から抜けていないからである。
正直なところ、僕はブランドのよさはわからない。もちろん、ワインの味もわからない。しかしだからこそ、今後とも自分のプライドに賭けて「勘違い力」だけは磨いていきたいと思う。
具体的に言えば僕にとっての青山霊園(入園無料)は、都内で随一の贈り物の宝庫でありつづけてほしいと願うのである。
まさむね
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