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2010年10月 4日 (月)

「ITは人を幸せにしない」に対する賛意と不快の狭間

ITをはじめとする現代文明が人間性を喪失させているのではないかというような論説は枚挙に暇がない。自分自身も時折そんなことを思ってみたりもするし、この一本気新聞でもその類のことは今までに書いてきたような気もしている。(たまにだけど)



それゆえ、志村史夫氏の「ITは人を幸せにしない-21世紀の幸福論-」に対しては基本的には同意したいし、せざるをえない部分が多かった。しかし、それにも関わらず、この本の読後感の悪さは何を表しているのだろうか。



志村氏はご自身が、半導体エレクトロニクスの研究者として日米を又にかけてご活躍された方である。そして、その一方で、「エレクトロザウルス」という言葉を発明し、その科学技術、とくにコンピュータ技術が怪物化(エレクトロザウルス化)していることに対して警鐘を鳴らし続けてきた人として、一部では知られていた。この本の中でもそういった危惧、懸念が随所に見られる。



第六感や細やかなものを感じ取れる感受性が、機械そのものが持つ便利さの”お陰げ”でどんどん鈍くなっているのです。本書ではITをはじめとするエレクトロザウルスが、人間が持つ潜在力を劣化させていく危険について考察してみます。(36ページ)


ITが進めば進むほど、技術が吐き出す情報に人間や社会が踊らされ、そして支配され、感性や心の眼を失ったしなうのではないかと、私は恐れます。(45ページ)


ITの発達によって、人間は知識を飛躍的に増大されたかも知れませんが、それに比例させて智能を低下させたように思われます。(57ページ)


私たちはITによって洪水のように押し寄せる情報の海に溺れそうではありませんか。(81ページ)


幼時からテレビゲームのようなヴァーチャルな世界に浸っていたらせっかくの感性が死んでしまうでしょう。(84ページ)


という感じである。おそらくこの本の想定読者は、既にITを使う必要のなくなった「老後人」、あるいはITについていけない「IT落伍者」のどちらかであろう。少なくとも我々のような、まだ「戦場」にとどまらざるを得ない現役にとっては一時の気休めとはなるにしても、真剣に耳を傾ける論としてはあまりにもぬる過ぎる書物である。

ご自身は、現役時代にIT産業の基礎である半導体技術者としてIT産業の発展に貢献していながら、現在では、半ば隠居の形をとりながら、地方大学の教授という「既得権益者」としてIT文明を素朴に否定する姿こそ、僕が基本的には賛意を抱きながら、この本に不快な読後感を味わってしまった原因なのかもしれない。

少なくとも志村氏は、科学者(大学教授)である。あくまても客観的な視点から、ITが人間の感性を劣化させるというのであれば、そして、今後の日本人に対して危惧を抱くというのであれば、その具体的な統計、科学的な根拠を示すべきではないのだろうか。



最後に、志村氏の筆がただのIT批判を超えて、究極の昔はよかった論、オカルト論にまで射程を広げている、いわゆる筆禍っぽい部分を指摘しておきたいと思う。

昔、私が小さい頃、いまにして思えば、かなり汚いものを食べたり、飲んだりしましたが、食中毒など、めったに起こすものではありませんでした。あの頃の子供の体内には回虫や蟯虫がいることは珍しいことではありませんでしたが、彼らの貢献もあったのかもしれません。(128ページ)


オーラは眼には見えませんが、私はさまざまなものが発するオーラに身体を震わせたいと思います。オーラに身体を震わすことが、すなわち感激、感動です。(197ページ)


昔はよかったという感慨を持つのは自然の感情ではあると思うが、回虫や蟯虫に感謝しはじめるとは...

具体的に当時と現在とでの児童の食中毒の発生率、そして回虫、蟯虫の害悪と「貢献」を科学的に示してほしいと考えるのはぼくだけであろうか。

また、オーラに関して言わせてもらうならが、例えば、あの江原氏が学生の頃、「前の人のオーラで黒板が見えなかった」という切実な病的リアリティを前にして、氏はいったい、どういった立場に立つのであろうか。少し興味深いところではある。



まさむね

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