超越的世界の手前で留まる「もしドラ」は粋な小説である
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」は世紀のベストセラーだけあってさすがに面白かった。
エンターテイメントとして完成度の高い小説であるだけでなく、ところどころに入ってくるドラッガーの「マネイジメント」が効果的に小説の中に溶け込んでいる。しかも、そのドラッガーの理論と、それを実践しようとする生身の人間達との葛藤がことごとく、リアルに書かれているのである。Amazonのレビューには文章が稚拙という評価が目立つが、おそらくそういった人々には平明に書くということの困難さがわかっていないのだろう。まぁいい。
僕はいつの間にか、主人公のみなみを応援してしまっていたくらいだ。
いろいろと書きたい点はあるのだが、ここでは一つの場面にだけ触れてみたい。
きりがなくなっちゃうからね。
それは、地区予選の決勝戦、最後の打者の場面だ。
詳細は述べないが、みなみが小学校野球少女だった時に体験した感動の場面が再現されるシーン。
その場面で、みなみは、前の日に亡くなった親友の夕紀と同じように、マネージャーの立場でベンチにいる。
そして、横には、幼馴染の次郎が、かつて、夕紀に吐いたのとと同じセリフを吐くのである。
ちょっと長いが、その場面を引用してみよう。
−これなら期待できるかもしれない。
と、みなみが思ったときだった。隣に座っていた次郎が、こんなふうに言った。
「ああ、ダメだよ。あれじゃあ。」それから、隣のみなみを見ると、こう言った。「あんなに大振りしてちゃ、打てないよ。もっと、狙い球をしぼっていかなきゃ」
それを聞いて、みなみは、相変わらず間の抜けたことを言うやつだと思った。
ここは、素直にその積極性を評価してやれないのか。
そんなふうに、うんざりしかけた、その時だった。不意に、心にコツンと、小石の当たるような感覚を覚えた。
それで、思わず次郎に言った。
「今、なんて言った?」
「え?」と次郎は、みなみのその勢いに面食らったような顔をした。「何って?」
「今言った言葉よ」
−あ
とみなみは、しかし次郎が答える前に、それに気が付いた。
そして、バッターは快音を残す...
実は、このバッターの最初の空振りは、(かつて小学生の時のみなみがそうだったのと同じに)演技だったである。
ところがその瞬間、みなみはそのことに気づいていない。そして、全然別な解釈をしている。
マネージャーに立場が変ることによって、プレイヤーのときの気持ちを完全に失っているのだ。
これは別な言い方をすれば、マネージャーがプレイヤーの内面を理解していないでマネイジメントをしているということになる。
しかし、それでもいいのだ。その証拠に最終的にはバッターはサヨナラヒットを放ち、彼らの目標は達成されるのである。
この場面、ドラッガーの「マネイジメント」を日本人が解釈するときに、おそらく最大の障害になるであろう点をドラマとして乗り越えているように僕には思えた。
もう少し詳しく説明してみよう。
日本人は、古来、和を重んじる民族だと言われている。そして、それぞれが以心伝心で分かり合い、仲睦まじい組織こそが、実力を発揮すると考えてきた。
ところが、ドラッガーの理論にはそういった日本的共同体の姿が「すばらしい」とか「良い」などとは、一切か書かれていない。それどころか、ドラッガーは、お互いを褒めることすら時には害になると言っているのだ。
つまり、直感的に、多くの日本人が違和感を抱くであろうこと=相互の内面理解は「マネイジメント」とは無関係だということ、その最重要点をあえてドラマの最重要場面で象徴的に表現しているのである。
そこが面白かったのだ。
さらに僕は上記に引用した場面で、こんなところにも感心する。
「心にコツンと小石の当るような感覚を覚えた」とあるこの箇所、野暮な書き手であれば、”前日に亡くなった夕紀がみなみに何かを伝えようとした”というように、「超越的に」深堀して書いてしまいそうなのだが、岩崎夏海氏は、あえてそこをサラっと流しているのだ。
確か、九鬼周造は『「いき」の構造』の中で、超越的(=霊的=形而上学的)世界のギリギリ手前でとどまる姿勢に「いき」=「粋」を見ていたが、それと全く同じ意味で、岩崎夏海氏はこの場面を表面的な描写だけに踏みとどめることで、この作品を「粋」にしているのではないだろうか。
只者ではない。
さて、これは余談だが、僕は、次の甲子園あたりで、もし、女子マネージャーが「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を読んだら実際どうなるのかを見せてくれるような野球チームの出現を期待してしまう。
まさむね
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