「デフレの正体」は常識的な、あまりに常識的な書である
目から鱗が落ちる本というのはこういう本のことを言うのだろう。
それがこの「デフレの正体 経済は「人口の波」で動く」である。
作者の藻谷浩介氏は、日本政策投資銀行に務める地域エコノミストである。学者ではない。しかし、本の奥付によると「平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59ヶ国を概ね私費で訪問した経験を持つという。それでは、この本は足で稼いで書いた本かというとそうではない。勿論、この本の背景となる見識にはそういった経験がおおいに生かされているのだが、この本はそういったことの体験談ではない。むしろ、ネット上でも公表されている公的機関発表のデータを素直に読むところからストレートに話が始まり、思索によって自然に結論に達している。
その意味で、この本は普通のことを普通に考えて、普通に結論にいたった"普通の本"とすら言えるであろう。
しかし、天才とは次の時代のスタンダード(=普通)を考え出す人という言い方があるが、もしかしたら、藻谷氏は天才に値する人物かもしれない。それほど、"目鱗度"の高い本であったのだ、この本は。
そして、この本では、なんと、結論が第1講の2ページ目に惜しげもなく書かれているのだ。それは、「デフレの正体」とは日本人の人口の波に現れた結果だと言っているのである。
簡単に言えば、一般に90年代の初頭にバブルが崩壊し、その後、失われた10年が経過し、小泉改革を経て、いわゆる戦後最大の景気回復があったにも関わらず、人々の実感は伴わず、リーマンショックでさらに100年に一度の大不況が来たというような景気変動の物語が実は、ウソとまでは言わないが、物事のほんの一面を捉えただけのものだったということをこの本は書いているのだ。
実はこういった物語は、人口推移で説明できてしまうということなのである。例えば、90年初頭の土地バブル崩壊とは、人口の最も多い団塊の世代が概ね40歳を過ぎて、住宅供給需要が減少したから起きたというような分りやすい説明がなされるのだ。
さらに、この本のテーマ、つまり、ゼロ年代以降の「数字上は好景気、でも実感は不景気」という状況を、日本が輸出によって儲けた資金のほとんどが、従業員の賃金に反映されずに、金融機関を通して、それほど消費をしない裕福な高齢者の手に渡り、塩漬けになったせいだというのである。
なんとわかりやすい話ではないか。日本の個人貯蓄(金融資産)の70%以上を65歳以上の高齢者が所有している、そして、さらに、彼らに対しては、国の借金の主因である莫大な年金が支払われている、しかし、彼らはさらなる老後の不安に備えて消費をしない、そしてますます貯蓄額が高まる...そういった連鎖がこの不況の大きな原因という「当たり前」の話をこの本は普通に語っているのである。
今考えてみれば、03年〜07年頃のいざなぎ以来の好景気が実感出来ないことの主因は、企業の内部留保だ=企業が儲けすぎている=悪いのは企業だといったいわゆる共産党的な、別な言い方をすれば森永卓郎的=マスコミ的な言い方で、僕らはだまされてきたのではないだろうか。
よしむねさんが先日、書かれていたが、最近、特にマスコミの劣化が激しいように感じられるのは、今までは情報のソースがマスコミしかなかったので、僕らはそれを信じるしかなかったのだが、現在はインターネットで様々な情報にアクセス出来るようになり、マスコミが言っていたことが実は手心が加えられたイデオロギーだったということがバレてしまったというのが大きいのではないかと思う。
極論になるかもしれないが、マスコミが、己のメインユーザーである老人=弱者≒善人といった図式を無自覚に生き延びさせたというのも現在の不況の大きな要因にあるかもしれないのだ。
同様の事は、例えば、沖縄(地方)=弱者≒善人という図式にも当てはまる。「デフレの正体」によれば、90年以降、一番元気な地方(個人所得、就業者数が伸びている唯一の県)が沖縄なのである。しかし、マスコミは個人所得の伸び、就業者数の伸びといった普通の実数を使わず、有効求人倍率、失業率といった相対的な比率を使うことによって現実を見えにくくしているというのだ。具体的に、藻谷氏はこう指摘する。
第一に地域経済を左右するのはなんと言っても雇用の増減であり、第二に失業率だの有効求人倍率だのは定義上も現実にも必ずしも雇用の増減とは連動しないものだからです。(中略)パンダが増えているか減っているかを調べたかったら、いちいちパンダの落した毛とか巣穴とかを数えるのではなく、パンダの数を数えるべきですね。同じように地域の雇用が増えているか減っているかを見たかったら、何よりも働いている人(=就業者)が増えているのか減っているのかを見るのが正解なのです。
わかり易すぎるではないか...そして、この本が提示する解決案はさらに普通だ。
日本の経済を回復させるには、ちゃんと消費するような人々にお金を回すような仕組みをつくること、それに尽きるというのである。
具体的に言えば、年功序列崩壊を促す、高齢者の生前相続を促す、女性の就労を促す、外国人観光客を促す、そして個々の企業に対しては、価格競争に走るのではなく、ブランドを作るように頭を使わせるといったところだ。
そんな当たり前の話があたり前の論理で書かれている。それが、何で今までわからなかったのだろうか!?
そう思わせるところが、この本の凄いところ、そしてベストセラーになった理由だと僕は思う。
ただ、アジア諸国との問題に対する態度があまりにも楽観的にすぎないか。尖閣事件の解釈をうかがってみたいな。
まさむね
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