「とうきょうスカイツリー」は、将来、どんなエピソードを残すのであろうか。
先日、東武伊勢崎線の「業平橋駅」が「とうきょうスカイツリー駅」になるというニュースがあった。
千年以上も前の故事を由来に持つ名前が変ってしまうのは若干寂しい。
昔からの名前が変るときに僕はいつもそんな感慨を抱くのである。
この業平橋の由来は、平安時代の初期、都落ちした在原業平一行が、この地に着いたとき、珍しい鳥がいて、隅田川の渡し舟の船頭にその鳥の名前を尋ねたら、「都鳥」という名前だったということから、一行が皆、都を思い出して泣いたという「伊勢物語」の中の一節が起源になっている。
その時に業平が詠んだ和歌がこれである。
名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと
(鳥に向かって)お前は、都鳥という名前を持っているのか、ならば、聞こう、都に残してきた私が想うあの人は元気にしているのかい?(:かなりグダグダな意訳)
確か、高校の時の古典で習ったような記憶があるが...
僕はもっとマジメに古典を勉強しておくんだったと今になって思う。
実は白状すると僕は他の科目は結構、得意だったのだが、古典だけは苦手だったのだ。なぜ、役にも立たないような昔の人が書いた文学を学ばなければならないのか、その頃は理解できなったのである。しかし、この歳になって、その頃に得意だった実学的な科目はほとんど忘れてしまったが、何故か、古典や歴史に関する興味だけは持ち続けているんだから不思議なものだ。
さて、問題はスカイツリーである。
池田信夫氏もずっと批判しているように、実はこのスカイツリーという建物、あやしげなところが多すぎる。
本来は地デジのための塔のはずが、実は必要がそれほどないということが分かった後でも、引っ込みが付かず、地域振興や観光目的ということで作り続けた塔なのである。その意味で、「諫早湾の堤防」に似ている。
誰かの利権が生まれてしまうと、調整しきれずにとりあえず建ててしまう、まさしく「現代日本的」な建物だ。
もちろん、これは東武鉄道の問題であって公共事業ではないので、それほど目くじらを立てて批判すべきものではないのだが、千年もの時を経て、残った「業平橋」という名前を押しのけて、「とうきょうスカイツリー」という名前にしてしまうというのは、あまりにも近視眼的だ。この塔自体、100年後には無用の長物になっている可能性が高いのだから...
はてさて、「業平橋」という名前には、東京は昔は田舎だったというエピソードが残されていたが、「とうきょうスカイツリー」は、将来、どんなエピソードを残すのであろうか。
ちなみに、妻に、この駅名変更のことを話したら、「いいんじゃない、わかりやすくて」だって。
僕は反論できなかった。妻の意見はいつも正しい。それも現実だ。
まさむね
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