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2011年3月 8日 (火)

僕にとって墓所はワンダーランドである。

東京の墓所をいろいろと巡っている。


今週の日曜日も神楽坂のギンレイホールで「ノーウェアボーイ」を鑑賞する前にちょっと時間があいたので、四谷・河田町辺りの寺を回った。


まずは、四谷三丁目駅の近くにある全勝寺。ここには尊皇攘夷の理論書「柳子新論」を書いて、後に幕府によって処刑された(明和事件)山県大弐の墓がある。境内には山県大弐の記念碑(レリーフ)も立っていた。


山県大弐は、戦国時代に甲斐武田氏の譜代家臣であった山県昌景の子孫であるといわれ(Wikipedia)、家紋は桔梗紋である。


それゆえに故郷、山梨にある大弐を祀った山県神社の拝殿の幕に描かれた神紋も桔梗である。


僕は、かねてから桔梗紋勢力VS将門霊という闇の闘いが日本史を動かしてきたという「偽史」を提唱しているが、この山県大弐も、その中の登場人物の一人である。桔梗紋をつけた彼が書いた「柳子新論」という理論書が死後100年後の尊皇攘夷運動に多大な影響を与え、将門霊によって守られていた江戸が天皇の東京となるからである。


その桔梗VS将門霊にご興味のある方は以下のエントリーをご覧ください。



2011.1.13首都圏にある「京」の字がつく私鉄(京成、京急、京王)の秘密


2009.4.03 平将門魔方陣と明治政府魔方陣が交錯する都市・東京


2009.3.28 平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史


2009.3.18 東京・闇の戦いの図式 〜『東京魔界案内』を読んで〜


2009.3.15 靖国問題は将門の桔梗への怨念が起しているの(かも)



境内の奥、本殿の裏には墓所があった。そして、山県大弐の墓もあった。しかし、彼の墓に刻まれた家紋は桔梗紋ではなく、丸に撫子紋であった。おそらく、罪人として処刑された彼の墓に対して、山県家は自家の紋を刻むことを快しとしなかったのであろう。奥方の斎藤家による合葬の形をとっている。それゆえの丸に撫子紋なのであろう。


ただ、僕的に解釈すれば、尊皇論の大弐を生み出した山県家では、将門の怨念を恐れ、江戸の地で桔梗紋を墓につけることをしなかったのではないだろうか。勿論、邪推にすぎないが...



さて、全勝寺を後にした僕は、河田町の月桂寺へ足を運ぶ。実は、この月桂寺の墓所は僕の中でも東京名所のひとつなのである。前回、行ったのは一昨年の夏だったが、その時は鬱蒼とした森の中に墓石が並ぶという風情で、その中に、柳沢一族、池辺三山、そしてなぜかデンスケ劇場の大宮敏夫の墓があった。江戸時代からの墓所は、そこだけ時間の流れが止まってしまっているようで、僕は好きだ。まるで妖怪でも出てきそうな雰囲気なのだ。


ここには、柳沢吉保の孫の柳沢信鴻の側室(真田家から嫁入り)の墓もある。墓には当然、六文銭が描かれていた。


六文銭というのは、「死を覚悟する」という意味があるというが、デザイン的にも秀逸だ。



さら、僕は原町まで足を延ばす。ここの幸国寺という寺には「黄金バット」で有名な加太こうじの墓がある。加太家の墓所は一塊になっている。ご先祖が幕臣ということもあり、それなりに格を感じさせる墓群だ。


そして、最後に、石井桃子の墓がある瑞光寺に行く。石井桃子は「ノンちゃん雲に乗る」で有名、天寿を全うされ百余才で亡くなった。Wikipediaで確認すると「熊のプーさん」「トムソーヤの冒険」「ピーターラビット」など翻訳も多く手がけられていたらしい。おそらく、ほとんどの日本人は、子供の頃に読んだ児童書で知らず知らずのうちに石井桃子さんのお世話になっているのだろう。偉大な方である。


石井桃子の墓は墓所の入り口近くにあったのであるが、実は僕はなかなか見つけ出せなかった。こういう時、TBC(東京墓石倶楽部)として動いていると3人で探せるから比較的すぐに見つかるのだが、一人だと単純にその三倍の時間がかかってしまう。


しかし、怪我の功名というのもあるものだ。

故人の墓を探すときに一つの目安となるのが、亡くなられた年である。


石井さんが亡くなったのが2008年だから、もしかしたら新しい墓、つまり新規墓造営地にある可能性も高いのだ。そしてそれらの新規墓造営地は比較的、墓所の奥の方にあったりする。僕は一つづつ、新しい墓を見て回った。


そうしたら、そこで、野沢尚さんの墓を発見したのだ。野沢さんは、「青い鳥」「眠れぬ森」などの連続ドラマの脚本家として著名な方である。しかし、数年前に自死された。本当に惜しい方であった。その墓には、生前の野沢さんの作品が刻まれていた。



墓めぐりの一つの楽しさは、意外な場所で意外な方の墓にめぐり合うことである。その墓所に墓があるとわかっていても、なかなか見つけられないのだ。偶然、著名人の墓に出会うというのは滅多にあることではない。



その意味でも墓めぐりは僕にとって、宝探しであり、墓所はワンダーランドなのである。



まさむね

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