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2012年4月 6日 (金)

「らき☆すた」 人々は何故、鷲宮神社へ聖地巡礼するのか

アニメ『らき☆すた』全24話を一気に観た。面白かった。

元々、この作品の原作はゲーム雑誌に連載された4コマ漫画であるが、それが、2007年にアニメ化されたのだ。

製作会社は『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』などを製作した京都アニメーション。ゼロ年代を席巻した、いわゆる日常系アニメがお家芸のスタジオである。

そして、この『らき☆すた』も、そんな日常系アニメなのである。



もしかしたら、アニメファン以外の方々は、作品ブレイク後に、このアニメの舞台となった埼玉県久喜市にある鷲宮神社という神社に、"聖地巡礼"という名目で多くのファンが参拝に訪れ、地域振興に活用された!というようなニュースによってこの作品を記憶されているかもしれない。



このエントリーでは、鷲宮神社が聖地巡礼されるような存在になった必然を、ビジネス的視点ではなく、作品の中身からボチボチと考えてみたいと思う。



さて、このアニメの中身だが、簡単に言えば、埼玉の共学高校に通う、仲の良い4人組の女子の2年の春から3年の秋までの日常を淡々と描いた作品である。

その4人を簡単に説明しておこう。

泉こなた・・・いわゆるオタクの女の子、背が小さくて勉強は嫌いだが元気がいい。

柊かがみ・・・鷹宮神社神官の娘。会話におけるツッコミ役。成績優秀のツンデレキャラ。

柊つかさ・・・かがみの二卵性双子の妹。料理など家事全般が得意。天然キャラ。

高良みゆき・・・都内に住むお嬢様。勉強優秀で博識だが、ドジな一面も。メガネッ娘。


このアニメの第一の特徴は、話のほとんどが彼女達の会話で成り立っていること。しかも、話題は「日常のささやかな疑問系」や「あるある系」といったほのぼのとしたものが多い。

例えば、「チョココロネってどっちが頭?」(第1話「つっぱしる女」)とか、「電車の中でケータイ使うなとか、化粧するなとかよく言うじゃん、でも、隣の人がよっかかって来る方がよっぽど迷惑だよね?」(第11話「いろんな聖夜の過ごし方」)というような他愛のない話が延々と続くのである。あと、敢えて言えば、普通、アニメなどではネグられがちな勉強や宿題の話題が比較的多いのも特徴である。



ただ、この作品のもう一つの大きな特徴は、泉こなたが振る会話や、中心になって行うイベントなどにオタクネタが満載なところであろう。しかも、その一つ一つが的を射ていて、その道の人をクスッとさせるのだ。

例えば、第12話「お祭りへいこう」では、冬のコミケに行くのであるが、そこではケータイが通じなかったり、コスプレ広場(西館)から東館へ行くのに物凄く時間がかかったり、テレカを買いそびれた客が売り子を怒鳴っていたりなどという現場を知る人々にしか共感出来ないようなネタが次々と出てくる。

おそらく、このようなネタの絶妙なサジ加減こそが、この『らき☆すた』の人気の大きな要因だ。ターゲットユーザーであるオタクなら誰でも、彼女達の輪に入って「ウン、ウン」とうなずきたくなるようなネタが満ち溢れているからである。

しかし、話中、それらのオタクネタの多くは、他の女子にはあまり通じず、大抵は、柊かがみにツッコまれる。しかし、その柊かがみの冷たさもまたいいのだ。

そういえば、この『らき☆すた』の笑いは、先日見た『みなみけ』のシュールで非日常的な笑いに比べると、比較的、ボケとツッコミがはっきりした関西系のノリの笑いが多いように思える。



もっとも、この作品にはオタクネタ以外でも様々な映画、音楽、時事など雑多なジャンルからのネタやパロディも包含されており、それがさらにこの作品をそこはかとなく、奥深いものにしているということも付け加えておかなくては片手落ちだろう。

例えば、映画に関して言えば、両方とも泉こなたのセリフであるが、「ウチのお父さんは...目玉焼きを半熟にして黄身の部分をチューって吸うのが好きなんだって」(第1話「つっぱしる女」)というセリフは森田芳光の『家族ゲーム』の、そして、「子供の頃、花火って横から見ても丸く見えるのかなぁって疑問だったんだよね」(第20話「夏の過ごし方」)というセリフは『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』という岩井俊二の映画のそれぞれ特定のシーンを思い起こさせる。

『らき☆すた』は、オタク文化に限らない先達の偉大な作品に対するオマージュ集という側面もあるのである。



まぁ、こういった、こだわりのあるディテイルを、一つづつあげていくと、枚挙に遑がないので先を急ぐが、この作品には、本当にシーン毎に製作サイドの細やかな意図、つまり愛が感じられるということだけはご理解いただきたい。今更言うのもはばかられるが、この愛こそが、日常系作品の命なのである。



そして、このようなディテイルの積み重ねによって構築されている『らき☆すた』の世界、つまり、ここで描かれている「普通の女子高生達の日常生活」は、平和そのものである。

勿論、個々には、それぞれが悩みを抱えていたりする。例えば、高良みゆきは常に歯の治療を嫌がっているし、岩崎みなみ(1年生で、こなたの従妹の友達)は胸の小ささを気に病んでいる。あるいは、柊かがみは恋人が居ないことを過敏に気にしていたり、田村ひより(岩崎みなみと同様、1年生で、こなたの従妹の友達)は自分の腐女子的妄想に自己嫌悪している。そして彼女達の間には、学校の担任や従姉のおばさんといった周囲の人たち(ほとんどが女性)も含めて、微妙な心のすれ違いがあったりすることもある。

しかし、彼女達は、基本的には仲良く、心地よい日々を過ごしているのだ。



しかし、よくよく考えてみれば、彼女達のあまりにも平和な日常は、はたして、現実的と言えるのだろうか?その辺りから、このアニメについて考えていきたい。



実は、ここで描かれている世界は、日常系アニメという言われ方とはむしろ逆に、「こんな日常なんて、現在の日本には存在しないぜ!」という視点から見れば、ファンタジー的日常系アニメというべきかもしれないのである。確かに、ここには学校生活にありがちな負の側面、例えば、嫉妬によるイジメや仲間はずれ、あるいはグループ抗争といったものが全く描かれていない。それどころか、女子同士の仲を時に揺るがす男子生徒の姿も白石君を除くとほとんど登場しないのである。

また、大局的に言えば、多少図式的な言い方で恐縮ではあるが、バブル崩壊以降、グローバル化が進み、市場原理主義あるいは、IT技術の発展に伴う個人主義が、それまでの平和な共同体を侵食しつつあるゼロ年代の後半の日本。ささやかな普通の幸福すら危うくなってきたこの日本において、昨日と同じ平和が延々と続く、この『らき☆すた』が描くファンタジー世界は、ノスタルジック・コクーンとでも言うべき世界ではないか。

そして、逆に、そのコクーンの"外部"に存在するであろう苛烈な商業資本主義の象徴として、泉こなたに対してDVDや漫画本を買わせようするアニメイトの店員達(第10話「願望」、第12話「お祭りへ行こう」、第13話「おいしい日」、第16話「リング」など)や、コミケの売り子達(第12話「お祭りへ行こう」)が登場するのであるが、彼らは、ファンタジー部分の絵柄とは、全く異なる激しいタッチで描かれているのだ。



そして、その一方、このコクーンの"内部"を象徴する存在として、柊かがみ、つかさ姉妹の実家であり、この地に昔から存在する鷹宮神社があるのではないか、というのが僕の仮説である。実際には第5話「名射手」と第12話「お祭りへ行こう」位にしか舞台として登場しない神社ではあるが、視聴者には、『らき☆すた』的ファンタジー世界の守り神を奉った神社として映るのではないだろうか。



そもそも、日本における5万とも言われる神社は、その土地に暮らす人々の、まさに、昨日と同じ平和を、そして普通の幸せを守る存在であった。人々は、折あるごとに、神社に参り、日々の幸せに感謝し、明日の平和を祈り続けてきた。そして、その日々の祈りと感謝の積み重ねが、神社という場所を聖なる場所とならしめてきたのである。



その意味で言えば、実は、日本における神道というものは、古来、(実はいろいろな問題がある)現世を、ファンタジー化して人々に享受させるための装置だったのではないだろうか。



しかし、先ほども述べたように、そんな普通の幸せ自体が、現代日本では得がたいものとなってしまっている。それがゆえに、僕らは『らき☆すた』の世界にそういった「かつてあったに違いない平和な理想郷」を夢見るのである。そして、その世界を守るアニメの中の存在・鷹宮神社を無意識のうちに信仰し、その神社のモデルとなった鷲宮神社に自然と足を運んでしまうのだ。

別の言い方をするならば、鷲宮神社(=鷹宮神社)とは、現代の日本社会を、『らき☆すた』のファンタジー社会のようになって欲しいと願うための場所ということにもなるのではないだろうか。



ちなみに、鷲宮神社の主祭神は、天穂日命(アメノホヒノミコト)である。実は、この神は天照大神(アマテラスオオミカミ)の次男で、日本を平定するように命ぜられて地上に降りてくるのであるが、その使命を忘れて、そのままダラダラと日本に住み着いてしまった情けない神なのである。そんな人間的で平和な神を主祭神に奉る鷲宮神社は、まさに、『らき☆すた』の神として、相応しいように思えるではないか。



さて、この『らき☆すた』であるが、最終話「未定」において、ようやく、結末へ向けて展開を見せる。彼女達が全員で学園祭でチアダンスを披露することになるのだ。

それまでは、第1話から第23話まで、ただ、ダラダラと仲が良かった彼女達であるが、最後の最後で、一致団結して何かを成そうというのである。そのため、何度も失敗を重ねる彼女たちであるが、学園祭の前日にようやく、揃って踊ることに成功する。

そして、その後、校内で歩きながら、口々に以下のような会話をする。

こなた:どったの?つかさ!

つかさ:なんていうのかな、なんとなく不思議な感じがするなぁって。

みゆき:そうですね。実は、私もちょっとしんみりした気分です。

     お祭りは準備をしているときが一番楽しいと言いますしね。

みさお:あっそうか、明日が本番なんだなぁ。

あやの:そうだね、こんなに遅くまで学校に残ることはもうないかもね。

かがみ:そう思うとちょっと寂しい感じがするわね。


そして、次のシーンで学園祭当日の舞台上、緞帳が上がるその瞬間に、このアニメが終わりエンディングが流れるのだが、そのエンディング曲はなんと、押井守監督・『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)の主題歌・「愛はブーメラン」なのであった。



ご存知の方も多いかと思うが、この『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、学園祭前日がループしてしまうというSFである。そして、最後、主人公のアタルが、幻想の世界から脱出して、現実に戻るのであるが、もしかしたら、そこも幻想かもしれないというオチが待っている、極めて哲学的なアニメなのである。

そういえば、影響力の強い映画やアニメや漫画といったコンテンツは、その深部において、時代の問題をえぐっているものだ。

このアニメも、興行的にはそれほどのヒットは記録しなかったいが、その後に発表された多くのアニメ(例えば、『新世紀エヴァンゲリオン』『少女革命ウテナ』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』『妄想代理人』等)に影響を与えたのは、おそらく、この作品が提示したテーマが、80年代以降の日本の社会状況が抱える問題点とシンクロしていたからである。



それは簡単に言ってしまえば、バブルで絶頂に達した"戦後日本の幸福"が実は幻想ではなかったのかという問題点である。

僕らは東西冷戦が終結しバブルが崩壊した後も、その幻想かもしれない幸福を維持しようと、国家的には借金をも省みず財政出動をし続け、アメリカの核の傘下で平和を保ち、社会的には消費資本主義、会社共同体第一主義などを続けてきた。しかし、このような現状は、どこかにウソを内包した世界ではなかったのか?という漠然とした疑問を、心のどこかで、常に持ち続けてきたのである。



そして、僕らは、現実社会に対する視線と同様に、この『らき☆すた』が繰り広げる平和な日常ファンタジーに対しても、これがずっと続いてくれればと思いながらも、いつか来る終わりを予感するといった不安感をどこかに抱きつつ、眺めざるを得ない。

最後に舞台の緞帳が開いた後、観客の前で緊張のダンスが始まるのか?そこでパッと画面が変り、再び、彼女達の教室でのダラダラとした楽しい会話が始まるのか?

それが視聴者の想像力に委ねられるところが、この作品の奥深いところでもある。そして、おそらく、鷲宮神社に足を運ぶのは、それが、虚構中の虚構であることは知りつつも、後者の想像力を抱いた人かもしれない。



平凡な結論だが、このアニメが、ファンの足をを鷲宮神社へと運ばせたのは、それは、彼らが太古からのDNAを受け継いだ日本人であるからであり、それがゆえに、彼らは変らない日常と平和を願い、アニメの世界を愛し、鷲宮神社(鷹宮神社)という場所に現世とファンタジー世界との結節点を感じ取ったからではないだろうか。



ただ、人気萌アニメに実際の建物が出てきたから、オタクが集まったなどという失礼で単純な話ではないのだけは確かである。



まさむね



この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

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