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カテゴリー「相撲/プロレス/格闘技」の101件の記事

2012年9月24日 (月)

神が降臨したかのような日馬富士が全勝優勝した

日馬富士が15戦全勝で優勝。横綱をほぼ手中にした。

連続しての15勝での優勝による横綱昇進は、横綱制度が出来てから、双葉山と貴乃花に次いで三人目だという。それだけでも超凄いことだ。

確か横綱になる場所には、「神が降臨した」というような言ったのは、若乃花であったが、日馬富士のここ2場所はまさにそんな感じの強さであった。

幕の内力士の中でも、軽量の部類に入る彼に「神が降臨」したのは、勿論、抜群の運動神経や努力の賜物であろうが、元々、彼が持っているモンゴルの文化力の強さも、一因ではなかったのかと、優勝インタビューを聞いて考えさせられた。



「ご先祖様、父、母のおかげで優勝することが出来た...」



というようなことを彼は語った。現在の日本人力士の中で誰が、勝利インタビューの冒頭に「ご先祖様」という言葉を使える力士がいるだろうか。

そんなことを改めて考えたのであった。

以前に、えびすこさんがより、日馬富士が横綱になったら、「2人の不知火型横綱は戦後では初めて」というコメントをいただいていたが、まさにそんな新しい時代が到来したのである。

僕は、個人的に、不知火型の土俵入りを見るたびに、両手を広げるモンゴル相撲の儀式を思い出していたが、来場所からの2人の連続した不知火型土俵入りは、本当に楽しみだ。



その他、今場所で気になった力士。

妙義龍は、3場所連続の技能賞受賞した。確かに、彼の技術は卓越している。

まさか、3場所連続ということはないとタカをくくって、豊真将あたりが受賞するのではないかとも思ったが、受賞してみれば、やっぱり彼しか居なかったのかもしれない。

安美錦あたりも技巧派として知られているが、実は安美錦は上位には強いが意外にポカも多い。逆に、この妙義龍は、勝てる相手には確実に勝つという安定感がある。誰しもが認める次の大関候補最右翼である。



今場所、幕の内上位から三役に並んだ白人力士(阿覧、栃の心、臥牙丸、碧山、魁聖)はのきなみ、負け越してしまった。ただ、その中でも前頭筆頭で7勝したは数字的には、惜しかったが、そのうち2勝は、初日の把瑠都戦での本人も首をかしげる勝利と、不戦勝も入っているので、実質は5勝位かもしれない。



若手の中で目立ったのは舛ノ山と高安。テレビでは言及された記憶が無いが2人とも、フィリピン人と日本人とのハーフだ。舛ノ山のゴムマリのような体は愛らしい。相撲の直後は、激しく息を切らせる姿は痛々しいが、その一生懸命さが観客の心を打つ。三役あたりに定着すれば人気者になるはずだ。一方の高安の闘志も素晴らしい。その毛深さはかつての高見山をも思い出させる。

この2人の活躍を見ていると、今後、モンゴルの北方系力士に対して、再び(あの曙や武蔵丸が活躍した時代に続いて...)、南洋系力士の時代が来るかもしれないということを感じざるをえない。



日本民族は、北方系と南方系の人々が移住してきたできた民族だが、僕らは震災後になにかと落ち込んで、内向きになっている。



そんな日本を再生すべく、再度、歴史をシュミレートしようとしているのが現在の大相撲かもしれない。

やっぱり、大相撲は国技である。



まさむね

2012年7月16日 (月)

もしかしたら次の横綱は妙義龍かもしれないと思う今日この頃

名古屋場所も中日(なかび)を終え、優勝の行方はいつの間にか、そして、いつもの通り、白鵬を中心とした展開になっている。

確かに、初日の豊ノ島戦や先日の栃煌山戦など、一瞬ヒヤリとさせられる場面があったり、3日目から5日目まで連続叩き込みで勝利するなど、かつての白鵬に比べると、安定感という意味で衰えを感じさせなくもない取り口ではあるが、それでも現時点で8勝0敗。これは、「さすが!」というべきなのだろう。

そんな白鵬にピタリ並走しているのが、日馬富士である。多くの解説者も指摘されているが、今場所の日馬富士は体が一回り大きくなったように感じられる。しかもスピードは以前のままだ。確か、昨年の名古屋場所は賜杯を手にしている。彼にとって、名古屋は験のいい場所なのかもしれない。



さて、それはともかく、僕が今場所、最も注目している力士が、新小結の妙義龍である。

以前、「期待の大相撲・阪神四天王(豪栄道、栃の若、妙義龍、勢)(2011年11月22日)」というエントリーでも語ったのであるが、この力士は一目見ただけで、その身体能力の高さが感じられる。それは彼の構えの安定した低さを見れば、誰でも納得できるだろうと思う。

身長は186cmと、標準的なのだが、典型的な出尻、鳩胸体系で、特に、肩の筋肉のつき方は、力士というより、むしろプロレスラーのそれに近い。(90年代に全日本に来日していたダグ・ファーナスに近い!)

しかも、重心が低い。特に足が短いわけでもないが、若干、ガニ股のせいか、僕にはそのように見える。不思議だ。



そして何よりも、彼は独特のイイ雰囲気を持っているのだ。このあたり、言葉で説明するのは難しいのだが、古(いにしえ)の剣豪の雰囲気とでも言いいましょうか。

敢えて、妙義龍に対抗できるほどのイイ雰囲気を持っている力士を上げるとすれば、安美錦であるが、ただ、安美錦の場合は、旗本退屈男のような、その日暮らしの気楽さを漂わせているのに対して、妙義龍は宮本武蔵のような、格闘家としての、どちらかと言えば、とっつきにくい孤独感のようなものを感じさせるのである。



また、同系統の力士を歴代の名力士の中から敢えて探すならば、僕は、現NHK解説者・北の富士のライバルであったが、残念ながら夭折してしまったあの玉の海を思い出す。



ただ、こういう風に、主観的な感じばかりを述べてみてもわかりにくいので、ここで、ある数字を挙げてみたい。

以下は、ここ妙義龍が、上位に対戦する位置に上がって来てからのここ三場所の関脇以下の力士に対する勝ち負け数を現在の大関陣のそれと比較したものである。(「記録台帳 goo 大相撲」を参考させていただき、ざっと数えただけなので、若干、数え間違いがあるかもしれないこと、ご了承下さい。)

















妙義龍 琴欧洲 稀勢の里 把瑠都 琴奨菊 日馬富士 鶴竜
三月場所 6勝2敗 6勝4敗 7勝3敗 9勝1敗 7勝3敗 8勝2敗 9勝1敗
五月場所 5勝3敗 5勝5敗 7勝2敗 7勝2敗 8勝2敗 6勝3敗 6勝3敗
七月場所 4勝0敗 6勝2敗 6勝2敗 7勝1敗 7勝1敗 8勝0敗 6勝2敗
合計 15勝5敗 17勝11敗 20勝7敗 23勝4敗 22勝6敗 22勝5敗 21勝6敗
 勝率  0.75 0.61 0.74 0.85 0.78 0.81 0.77
寄押率 0.75 0.57 0.59 0.37 0.59 0.40 0.47




関脇以下の力士との対戦成績の勝率はなんと、0.75。



把瑠都、琴奨菊、日馬富士、鶴竜にはかなわないものの、琴欧洲や稀勢の里よりもいい成績である。

これは、妙義龍という力士がいかに、ミスが少ない力士であるということを現していると思う。

それは、上位には、まだ力負けしたとしても、自分と同等あるいはそれ以下の力士に対しては、かなりの好成績をおさめているということである。

また、表の一番下の欄に示したのは、その力士の決まり手のうち、寄り切り、押し出しという、いわゆる安定的な勝ち方をした寄押率(僕が勝手に命名)した目安の数字であるが、こうしてみると、妙義龍の数字が突出している。これを見ると、彼は、かなりオーソドックスに安定した力士であることもわかってくる。



そして、おそらく、この傾向は、今後はさらに磨きがかかってくるに違いない。

以前(2009年2月)、僕は、「何故、日本人横綱は出なくなってしまったのか」というエントリーで、次の横綱になる可能性が一番高いのは、把瑠都ではないかと予想したことがあったが、もしかしたら、妙義龍の方が横綱への道は近いのかもしれないとすら最近考えている。



まさむね

2012年3月26日 (月)

残念ながら、今場所の把瑠都は、まだ横綱になるだけの器がなかったということか。

大相撲・春場所が終わった。

終わってみれば、最後は、横綱・白鵬の貫禄の優勝。これで22回目、あの貴乃花と並んだ。

おそらく、今年中に北の湖や朝青龍の記録を塗り替え、大鵬、千代の富士の記録に迫ることであろう、いや、彼ならば史上最高の優勝回数も決して夢ではないだろう。本当に凄い男である。

もし、彼に敵がいるとすれば、体調かもしれない。優勝インタビューの時に、中終盤の一瞬の失速に関して、古傷云々と語っていたが、それがどこの傷なのか、どの程度、傷なのだろうか?

敵に弱みを見せたくないのか、具体的には語ってはいなかったが、気になるところではある。



しかし、僕にとっての今場所の見所は、把瑠都の綱取りが成るかどうかというその一点だった。その意味で、誠に残念な結果となってしまった。



思えば、11日目の結びの一番の一つ前の相撲、把瑠都対琴欧洲戦で、一方的に把瑠都が敗れたあの瞬間に、僕にとっての今場所の興味は無くなってしまったと言ってもいいかもしれない。

敗戦後、本当に悔しそうな顔をしていた把瑠都。結びの一番の一つ前で相撲を取った力士は、勝敗に関係なく、土俵際に残って結びを一番を見なければいけないことになっているのだが、あの時ほど、それが残酷に思えたことはなかった。

把瑠都は、仕切りの時も、取り組みの時も、終始、下を向いていた。目には涙を浮かべていたようにも見えた。いつも陽気な把瑠都であるが、あんな把瑠都は始めて見た。



今更ではあるが、相撲というものは、スポーツとは違う別の何かである。

例えば、力士達は花道から姿を現してから、引っ込むまでの間、力士の顔となる。出来うる限り感情は抑え、個人としての顔は見せないものである。おそらく、土俵上での塩撒き、四股、仕切りといった仕草や、髷、マワシといった姿は、つまり大相撲の伝統と呼ばれる一連の所作は、徹底的に個人を消すために存在するのである。

そして、ある程度、個人を消すことに成功しているからこそ、どんな不祥事があったとしても、人気の大横綱が引退したとしても、大相撲は続いているのである。そんなシステムを作り上げた大相撲協会は、一見、時代遅れの旧弊のようにも見られがちではあるが、実は、相当に周到で老獪な組織なのかもしれない。



そういえば、今場所の最初、白鵬はインタビューの中で「相撲とはスポーツではなく、日本そのものである」というようなことを語っていた。

その言葉を、先ほどの文脈で解釈するならば、大相撲というものが個人を徹底的に消そうとするシステムであることとも関係しているのかもしれない。



ご存知の通り、日本では、共同体の中の個人は、決して個人ではない。

例えば、会社における部長とは、個人の本当の性格は別にして、部長としての役割を演じる人のことをいう。いい部長というのは、その役割を演じきれる人のことを言うのだ。

おそらく、白鵬というモンゴルから来た聡明な青年は、そのことを理解しているのだろう。彼は、白鵬である間は、決してムンフバティーン・ダワージャルガルとしての顔を見せることはない。彼が自身の怪我について、ほとんど語らないのは、それが横綱として相応しくない行為と考えているからかもしれない。彼はその意味でも十分横綱の資格があるのだ。



一方で、琴欧洲の一番で完敗を喫し、土俵下で、大関としての顔を一瞬、忘れて、カイド・ホォーヴェルソンの顔を見せてしまった把瑠都は、その意味でもまだまだ横綱には遠いと思わされた。おそらく、それは強弱の問題ではない。彼には大相撲という共同体において、横綱という役割を演じるだけの器がまだ備わっていないということなのである。

いずれにしても、把瑠都の綱取りへの挑戦は、まだまだこれからである。また、来場所から心機一転、頑張って欲しい!



まさむね

2012年3月 3日 (土)

「魔法少女まどか☆マギカ」とジャイアント馬場と古今集と

ちょっと前の話であるが、今年の文化庁メディア芸術祭の内覧会において、あの富野由悠季監督が「なんで、まどか☆マギカが一番なんだ!」と、審査員の一人の氷川竜介氏に詰め寄ったという出来事があり、それを氷川氏がツイートしたことで、ちょっとした話題となった。



それに対して、オタキングこと岡田斗司夫氏は、ニコ生シンクタンク2月号で以下のような解説をされていた。



岡田氏によれば、そもそも、富野さんが自身の作品の中で描こうとしたキャラクタと、「まどか☆マギカ」の中で描かれているキャラとは違うものだという。

キャラクタとは、作品の中に置かれ、物語が進むに連れて、紆余曲折を経て、どんどん厚みが増すような性質を持っているが、キャラは、ある特定の属性を持って物語に配置されるが、その後、そうした厚み(成長)を増すようにはならないのである。

そして、それは多分に、視聴者の嗜好によるものだと岡田氏は話を進める。



「まどか☆マギカ」を好きな人はキャラが好きなのであって、キャラクタのように物語の中で成長してしまうと、純粋性が壊れてしまうように感じてしまうのではないかというのだ。



そして、彼らが見たいのものは、キャラ同士の決め台詞の応酬であってその中のニュアンスというのは僕達が受け取るから、創り手はキャラ同士の応酬をやってくれたら、そこから行間を読むみたいにして自分達はセリフの間にあるものを受け取るからそれでいいんだという考え方であると推察する。

一方、それに対して富野さんがやろうとしたのは、一つのキャラが製作者に与えられた属性以外のものを身につけようとしている瞬間をみたいなものを出すことであり、それこそが、キャラクタに血肉を通わすということだったのではないのかというのだ。



さらに、岡田氏はこの違いを、時代の違いに求める。つまり、富野さんがロボットアニメを創作していた頃、アニメには、市民権がなかった。

そんな状況に対して、どうやったら、アニメが、文芸とか映画のような「本当の芸術」に追いつき、追い越すことが出来るのかというチャレンジをほとんど一人でやったのが富野さん、というのが岡田氏の富野さんに対する最大限の賛美である。



ただし、一方的に富野さんだけを持ち上げているわけではないのが岡田氏の面白いところである。

彼は、逆に、富野さんこそ、現在における作品と視聴者との関係性を理解できていないのではないかと、以下のようにまとめる。



現在のアニメとアニメ視聴者との関係性は、富野さんが思っているより、もうちょっとレベルが高くなっている。それは、見ている人間もクリエイトに参加しているからである。彼らは、「まどか☆マギカ」という作品よりも、「まどか☆マギカ」を見ながら、それをお互いネットで話し合ったりして自分達の中でまどかまどか像を作るということを含めての作品と考えている、つまり、作品がクラウド化している。ただし、それを、作品と考えるかどうかは別の話であるが...


さらに上記の発言に加えて、岡田氏は現代の視聴者の反成長の姿勢が、富野的ビルディングスロマンよりも、非成長的な「まどか☆マギカ」の方を好むのではないかというオタク論に話を進め、それはそれで誠に興味深いのであるが、これに関しては、このエントリーにおける本筋ではないので、また後日語ってみたいと思う。

以上、若干の補足と意訳をさせていただいたが、これが岡田氏の論旨である(正確にお知りになりたい方は、「ニコ生シンクタンク2月号」をご覧下さい。)。



さて、以下は僕の感想である。



これを聴いて、即、僕の頭に浮かんだのが、柄谷行人の「日本近代文学の起源」であった。

この本は1980年に出版された文芸評論である。

ここにおいて柄谷氏は、明治の近代化以降、「風景」「文学」「児童」「内面」といった概念が、この時期に自明なもの(起源を覆い隠すもの)として出来上がってきた人工物であり、決して自然なものではないという刺激的な論考をしている。

近年、東浩紀氏あたりも評価していたように記憶しているが、80年代初頭に文学部に在籍した者にとっては必読の書であった(、かも)。



何故、ここでこんな昔の本を持ち出してしまったのかといえば、僕は、この本を読んで以来、それまで、自然に感情移入していた映画や小説、そして当時最も入れ込んでいたプロレスといったものの見方が変ってしまったからであり、それはとりもなおさず、岡田氏が言うところの厚み思想、あるいは深み思想に対して、僕が、違和感を感じるようになった当時(80年代前半)のことを今、思い出してしまったからである。



以下、判りやすい例なのでプロレスについて語ってみたいと思う。



70年代後半~80年代前半のプロレスシーン(論壇)は、ほとんど猪木一色であった。猪木のプロレスというものは、当時、その思想的イデオローグであった村松友視氏が名著「私、プロレスの味方です」の中で書いているように、「暗黙の了解が壊れる瞬間があると信じるロマンの目」によって成り立つようないわゆる「過激なプロレス」であった。

それは、先の岡田氏の文脈で言えば、まさに「一つのキャラが製作者に与えられた属性以外のものを身につけようとしている瞬間」を描き出そうとするプロレスだったのである。

当時の猪木は、モハメッド・アリ、ザ・モンスターマン、ウィリーウィリアムス、といった格闘家と闘う一方で、タイガー・ジェット・シン、スタン・ハンセン、ローランド・ボック、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガンなどといった一流のレスラーと対戦するごとに成長し、苦悩し、時に英雄となり、一転、ヒールとなる、また同時に、プロレスというジャンル自身をも進化させていったのだ。あの時代、猪木は、まさに、最強にスリリングな存在だったのである。

おそらく、岡田氏が言うように、富野さんが、本当の文化に対するコンプレックスに対抗するために、アニメをキャラクター化するという独自の手法をあみだしたと全くパラレルに、猪木は柔道や空手といった本物の格闘技や、従来のプロレス(プロレス内プロレス)に対するコンプレックスを異種格闘技戦、あるいは、過激なプロレス発明することによって乗り越えようとしていったのではないか。

ちなみに、そんな猪木の全盛時代と、富野さんによる初代ガンダムシリーズが放映され、ブームとなっていた時期とが重なるというのは示唆的である。



しかし、僕は、「日本近代文学の起源」に衝撃を受けて以来、そんな猪木の勇姿が、不自然さに満ちたものに感じられ、逆に、多くのプロレスファンにウソ臭いと言われていたジャイアント・馬場に対してこそ、シンパシーを感じるようになってしまったのである。

そして、それを今、振り返ってみて、富野的教養主義と「まどか☆マギカ」の対比でいうならば、まさに、猪木的なキャラクター(プロレス)よりも、馬場さん的なキャラ(プロレス)に愛着を感じるようになっていた、ということなのだと思う。



確かに、猪木による、常に進化し続ける過激なプロレスに対して、馬場の世界(全日本プロレス)は、それこそ、ブッチャー、シークといった悪玉やファンク兄弟やミル・マスカラスという善玉を配した、安定したキャラプロレスが繰り広げられていた。

そのリングには、それぞれのレスラーがキャラを演じることだけを求められた牧歌的な世界があったのである。

そして、僕には、その世界が、ちょうど明治以降の近代的的制度によって過去へ追いやられてしまっていた江戸文化の香りにも通じるものとして感じられていたのだ。



例えば、ブッチャーやシークといった悪役に痛めつけられる鶴田を見るに見かねてリングに飛び込む馬場さんの姿は、まるで歌舞伎十八番の一つ『暫』における市川團十郎演じる鎌倉権五郎景政の登場のようであった。そこにあったのは、まさに、「決まりきったキャラ同士の台詞の応酬」(岡田氏)を見せてくれれば、それで観客が満足する世界である。



しかし、実はそれだけではない。そこには観る人にしか観られない、「通」それぞれの(勝手な)見識があったのである。

勿論、当時はネットなどは無いのではっきりは証明しようもないが、観客は一人一人、いつも決まりきった馬場さんの風体や仕草を、それぞれに無意識的にでも解釈していたのだと思う。ある者はそこに、高度経済成長の夢を投影し、別の者は、戦前の日本兵の朴訥な精神を見る。また、ある者は、田舎に残した祖父の背中の曲がった労務風景を思い浮かべて涙したり、別の者は、そこに七福神的な異形による来訪姿を見たかもしれない。



僕は、個人的には「馬場さんの居るリングは、ニュートン力学の物理法則をも超越している、何故なら、ブッチャーはわざわざ、馬場さんの振り上げた足に吸い込まれ、十六文キックを受け、さらに加速度をつけてリングに落ちて行くではないか。」などとつぶやいていたものである。



そう考えると、僕が、この歳になっても未だに「まどか☆マギカ」のようなアニメに対して興味を抱き続けてしまうのも、そして、家紋のような歴史に埋もれた意匠に対しても過剰な意味付けをして楽しんでしまうのも、その根源には馬場さん的なものへの愛情があるのではないかと考える次第である。



さて、話を「まどか☆マギカ」に戻す。



このブログを続けて読んでいただいている方にはお分かりとは思うが、僕はこのアニメで最も気になっている登場人物は、美樹さやかである(ご興味があれば「魔女になったSAYAKAの武器はなぜ、車輪なのか」「「魔法少女まどか☆マギカ」を信じるファンであるならば、誰しもが「美樹さやか -恋愛成就- 御守り」こそ身につけるべきである。」など参照下さい。)。彼女はその運命に従って、魔法少女となり、失恋し、闘いにくたびれ果てて、魔女になり、しかし、最後にはまどかによって救済されるという、このアニメの中では突出して痛々しいキャラである。



しかし、その最後の去り際が素晴らしいので、そのことを、ここに記しておきたいと思う。



最終回、まどかと二人で、片思いの上條君という少年(さやかの願いによって手が治る)の演奏を見ている。

既に死んでいるさやかには、上條君を眺めることしか出来ないのだ。

彼女は静かに、上條君への想いを諦め、その場から消える。

上條君は、その演奏を終えて、一息をつく。

その瞬間に、一陣の風が吹き、彼は、フッと何かに気づく。 そして、彼は口の中で「さやか」とつぶやくのだ。

これは明らかに、「秋きぬと 目には『さやか』に 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」 という藤原敏行の和歌(古今集に収録)の、和歌からアニメへの擬似的本歌取りかと思われる。

このような演出にこそ、近代以前の日本文化をさりげなく踏襲する「まどか☆マギカ」的な意味での奥深さを垣間見ることが出来る。ただし、それは、決して近代以降の日本文学が価値を置くような(「こころ」の先生や「路傍の石」の吾一が持つような)意味での奥深さではないのである。



もしかしたら、「まどか☆マギカ」の前に置くべきなのは、エヴァやガンダムではなく、ジャイアント馬場であり、世阿弥の能「葵上」であり、「古事記」や「古今集」であり、あるいは近松門左衛門の心中物なのかもしれない。



しかし、最後に言いたいことは、僕は、いくら猪木的キャラクターよりも、馬場さんのキャラの方が好みだとしても、あるいは、「成長」という概念も、近代以降、人工的に産み出されたものであるといった柄谷氏の批評に感銘を受けていたとしても、猪木的な、そして、おそらく富野(ガンダム)的な、自身の作品(闘い)が進化していくことが同時に、そのジャンルが進化し、さらにいえば、それが生み出された時代と連動しているのだという実感されうるような幸福な関係を築き上げた偉大なクリエイターのエネルギーに対しては惜しげもなく、天才という言葉をささげたいと思う。



まさむね



魔法少女 まどか☆マギカ 関連エントリー



2012.03.03 「魔法少女まどか☆マギカ」とジャイアント馬場と古今集と

2012.02.28 鹿目まどかの願いとは何だったのか ~中島知子と美樹さやか~

2012.02.23 「魔法少女まどか☆マギカ」を信じるファンであるならば、誰しもが「美樹さやか -恋愛成就- 御守り」こそ身につけるべきである。

2011.11.24 徳川秀忠と、まど☆マギと、民主党と

2011.06.16 蓮實的に言えば「まどか☆マギカ」は凡庸であり「フラクタル」は愚鈍かもしれない

2011.05.10 魔法少女まどかとフラクタルのフリュネと西郷隆盛と崇徳上皇

2011.05.08 「まどか☆マギカ」の素直な神と「フラクタル」のゆがんだ神の決着はそんなに簡単ではないのではないか

2011.05.05 魔女になったSAYAKAの武器はなぜ、車輪なのか

2011.05.01 「魔法少女 まどか☆マギカ」における虚しい承認欲求の果てに見た悟り

2011.04.30 「魔法少女 まどか☆マギカ」は史上最大級の災いがもたらされた現在だからこそ、残酷に心に突き刺さるのかもしれない。



この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

2012年1月23日 (月)

把瑠都のお母さんが振っていた旗がなんとなく気になった

把瑠都が優勝した。



千秋楽では、白鵬に敗れてしまったが、それはそれで仕方が無い。

逆に先場所は、白鵬の全勝優勝を千秋楽で阻んでいる。これで、オアイコということになる。



それにしても、優勝インタビューは感動的だった。急遽、エストニアから来日したお母さんに対して、このように述べていた。

やっぱり...お母さんがいなかったら、私もここにいないから、私を、生んで、ありがとう!


つたない日本語ではあるが、本当に気持ちが伝わってきた。



このサイト(エストニアのスポーツ動画ニュースサイト)でもわかるように、彼は日本の大相撲界の至宝であると同時にエストニアの英雄である。

琴欧洲の時もそうだったが、このようにして海外力士が活躍して、その国と日本との交流が深まるというのは本当にいいことだ。



さて、全然別の話であるが、僕が気になったのは、国技館に来ていたお母さんが振っていた旗である。

アナウンサー氏の解説によると、この旗はエストニアの旗ではなく、出身地のラクヴェレ市の旗ということであるが、お母さんが国旗であはなく、敢えて、スウェーデンの国色(青と黄色)をあしらった市旗を振ったところに、ちょっとしたお母さんの政治的内面が現れているようで僕には興味深く思えたのであった。僕は残念ながら、エストニアの歴史、ラクヴェレの歴史に関しては、全く知らないが、お母さんが振ったあの旗には、僕の知らない意味があるのではないかと想像してしまったのである。



そういえば、かつて、フリーバーズというプロレスのタッグチーム(マイケル・ヘイズ、テリー・ゴディ、ジミー・ガービン)があったが、彼らが振り回す旗は、星条旗ではなく、南北戦争で南部軍がかかげたサザンクロスであった。それは、彼らが持つ白人主義者としての主張を表現していたのかもしれない。



僕ら日本人にとっては、全く何も主張できない、あのサザンクロスの軍旗であったが、僕はなんとなく、そういったものにいとおしさを感じてしまうメンタリティを持っているようだ。



把瑠都のお母さんの旗を見て、フッと、そんなことを、思い出してしまったのであった。



まさむね

2012年1月19日 (木)

把瑠都の魅力 その豪放磊落で底抜けに明るいナチュラルさ

大相撲初場所、12日目が終了し、大関・把瑠都が12戦全勝で優勝争いのトップに立っている。



言うまでもなく、彼のよさは、その圧倒的な体格と体力である。

他の多くの力士が彼について語るとき、そのパワーの凄さを必ず口にする。おそらく、僕ら観客が感じ取る以上のものがあるにちがいない。



さて、僕が今日のエントリーで語りたいのは、その把瑠都の肉体、及び、精神におけるナチュラルさについてである。

今日の稀勢の里戦、把瑠都は立会い一瞬、体を開いて、新大関を地に這わせた。レポーターの報告によると、上手を取りに行こうとしたが、立会いがあわず、瞬間的に叩いたというようなことを語っていた。また、確か昨日の日馬富士戦でも、土俵に上がってから、突っ張っていこうと決めたと言っていた。

つまり、彼は、綿密にプランを練って作戦を実行するタイプではなく、その場で臨機応変に、つまりナチュラルに、悪く言えば、出たところ勝負で闘っているということである。

これは、ある意味では、緻密さの欠如として批判されることなのであろうが、僕は、逆に、ここにこそ、把瑠都の大きな魅力があると考えている。彼の豪放磊落な表情、勝った後に花道の奥で付き人に見せる笑顔は、今までの大関なかった明るい個性ではないのか。

また、把瑠都のナチュラルさは、その仕切り方にも現れている。彼は、例えば、白鵬のように徐々に集中力を高める様式美を持っていたり、琴奨菊のように独特の(左手による横への)塩巻スタイルを持っているわけではない。あるいは、稀勢の里や琴欧洲のように、自分の顔を叩いて気合を入れたり、日馬富士のように、深く仕切ったりと、他の横綱、大関が持っている独特の仕切りの型が無いように思われるのだ。

それどころか、彼の仕切りには、あたかも、「なんで、こんなことをしなきゃいけないんだろう」的な明るい退屈さが漂っている。それゆえに、仕切り途中で相手をグッと睨むというようなことはまずないし、塩巻きの風情もどことなく、気楽な感じがするのである。しかし、その風情がまた、魅力的なのだ、少なくとも僕には。



そんな把瑠都は、ここまで土付かずの12連勝である。序盤は何番か、危ない場面もあったが、中盤からここへかけて、圧倒的な勝ち方をするようになってきた。調子が徐々に上がってきているのであろう。このまま、全勝で千秋楽まで行って、堂々と大横綱・白鵬に勝負を挑み、賜杯を手にして欲しいと思うのは僕だけではないだろう。



さて、一方、横綱・白鵬であるが、一昨日の鶴竜戦で思わぬ、不覚を取った。というよりも、あの一番は、鶴竜の先手先手の攻めをほめるべきなのであろう。そして、今日の日馬富士戦、誰もが考えなかった日馬富士の立会いの変化によって、一気に土俵外まで突っ走ってしまった。

白鵬にしては珍しいことである。

ただ、まだ優勝の望みが消えたわけではない。把瑠都に対して、最後まで大きな壁であって欲しい。それでこそ、平成の大横綱である。



その他、今場所、ここまでで気になった人をいつも通り、列挙してみたいと思う。



まずは、十両で言えば、琴勇輝の気迫が目を見張る。

特に、立会い直前の仕切りの時に、相手に正対して「ハッ!」という声を出して気合を入れる。塩を取る際に独特の所作をする力士は(高見盛のように)多いが、そういった場面で(定型としての)発声をする力士はあまりいなかったのではないか。

また、その風貌も個性的である。言い方は悪いかもしれないが、田舎のヤンキーがそのまま相撲取りになったかのような天然のヤンチャさの魅力とでも言おうか。まだ、20歳ということもあって、今後の期待は大である。



次に、新入幕。誰がなんと言っても、千代の国の魅力には触れなくてはならないだろう。その若々しい動きと端整なルックススは、かつての貴花田を彷彿させる。今日も、格上・栃煌山の攻めを最後に逆転して転がしてしまった。見事な運動神経という他ないであろう。おそらく、彼のような力士が三役になれば、大相撲はもっともっと盛り上がるに違いない。



運動神経と言えば、今場所、隆の山も随所に光る動きをしている。特に、昨日の土佐豊戦で見せたうっちゃりは見事であった。実は、公式にはうっちゃりだったのであるが、後でスローを見たら、なんと、土俵際で相手の足を蹴っているのだ。つまり二枚蹴りをしていたのである。こんな芸当は常人では出来ない。

実は、今日も栃ノ心が嘉風の寄りに対して、土俵際でうっちゃりを見せた。残念ながら決まらなかったが、今場所、このようなうっちゃり技が多く見られるのが嬉しい。

「うっちゃり」はなぜ消えたのか―データが語る大相撲』という本が出たのが今から10年以上前であるが、ここへ来て、その醍醐味溢れる技が徐々に復活してきているのは誠に嬉しいことである。



その他、嘉風、安美錦、妙義龍、栃の若、臥牙丸など、語りたい力士は沢山いるのだが、長くなりそうなので後日に回し、今日は特別下らない話をさせてください。



実は、今日、観客席にダンカンが座っていたのである。しかも、白いヘッドギアというか包帯を頭に巻いてだ。僕はそれを確認したくて、東側の升席で彼が写るたびに、目を奪われてしまった。

観客席に有名人がいるのを探すというのは、僕のプロレスファン時代以来の趣味なのである。そして、その表情を見て、その有名人のお気に入りの力士などを判断するのが好きなのである。

それゆえ、有名人が観客席に見つかってしまう日はどうも、土俵上の相撲に対する集中力が途切れてしまうのだ。



そういえば、今場所の二日目、東のたまり席に、高須クリニックの高須克弥院長、一つ空けて、「わかンねえだろうナ」で一世を風靡した風靡した松鶴家千とせ師匠が座っていた。しかも、その日は特別解説にやくみつる氏も来ていたもんだから、「かつら三トリオ」が揃ってしまい、僕の心をかき乱せずにはおかない一日となってしまった。

さらに、相撲の進行途中で、いつの間にか、高須院長の髪型が、白髪(短髪)になってしまったものだから、それを確認するために、画面を目で追うハメになってしまい、全く相撲に集中できなかった。



ちなみに、後で、高須院長のオフィシャルブログに、「ヅラ奪われた!」と記事があり、その件は、とりあえず納得ww。



僕は、大相撲という見世物空間で起きることは、どんなことでも、楽しみたいと思っているのである。



まさむね



2012.01.12:大相撲、この愛すべき格闘技

2012.01.11:今場所は、三人の外国人大関が素晴らしい



2011.11.29:稀勢の里昇進問題、あるいは合理主義とノスタルジーの葛藤

2011.11.25:21回目の優勝を飾った白鵬について改めて考えてみた

2011.11.22:期待の大相撲・阪神四天王(豪栄道、栃の若、妙義龍、勢)

2011.11.21:大相撲で頑張る白人達の話

2011.11.20:九州場所の注目の二人・琴奨菊と稀勢の里について

2012年1月12日 (木)

大相撲、この愛すべき格闘技

今場所の大相撲は、いつもに比べて特に面白い。

勿論、昨日のエントリーでも書いたように、3外国人大関の活躍というのもあるのだが、それ以上に、各取り組みの緊張感、技の攻防、負けられないという意地などが、普段よりも見られるところがいい。



この写真は、本日の結び前の一番の稀勢の里と鶴竜の一番の最後の一瞬を捉えたものであるが、おそらく、大相撲というものを知らない、どこかの外国人が見たら、何をやっているのだろうかと思うに違いない。



太った大男二人が、足を高く上げて必死な顔をしている。しかも裸だ!!



僕はこのような一瞬を絵として現出せしむる大相撲という競技は日本人が生み出した奇跡の一つだと考えている。

他のどんなスポーツで、このような面白い瞬間を捉えることができるのだろうか。



そんな、大相撲への愛を込めて、今日は、この短いエントリーを上げさせていただきました。



まさむね

2012年1月11日 (水)

今場所は、三人の外国人大関が素晴らしい

大相撲初場所を連日、テレビ観戦してる。



それを観る限り、今場所はなかなか迫力のある取り組みが続いている。おそらく、昨年の様々なトラブルを踏まえ、各力士がいつも以上に気合を入れているにちがいない。少なくともそう感じさせる今場所である。



特に、話題という点において、新大関の稀勢の里、あるいは先々場所大関になった琴奨菊という両日本人大関の影に隠れがちだった琴欧洲、把瑠都、日馬富士といった3人の(ベテラン?)外国人大関の気力が充実しているように見受けられる。

勿論、3人とも4連勝と星も上がっている。少なくとも僕の記憶でこの三人が初日から4日目まで白星続きというのはちょっと記憶が無い。



特に琴欧洲。

先場所、角番をかろうじて脱したものの、長期低迷は否めなかった琴欧洲であるが、今場所は別人のようだ。今日の豪栄道戦など、圧倒的な勢いで、相手を押し倒した。相性のいい相手であるということを差し引いても、抜群の出足であった。

おそらく、いつも以上の緊張感を持って、場所に臨んでいるのかもしれないが、そのたたずまいの暗さ(窮屈さ)は若干気になる。



続いては把瑠都。

一方的な取り口というわけではないが、初日から今日まで、とりあえず白星を重ねたのはよかった。先場所のように、序盤で早々と優勝争いから脱落しながら、後半、ぐんぐん調子を上げ、千秋楽で白鵬の全勝を阻止した実力と体力の持ち主である。序盤の好成績は初優勝の期待をも膨らませる。それにしても、勝負の最後で、若荒雄の体の下になって土俵下に転落した行司の木村庄三郎は大丈夫だったのだろうか。少し心配である。



そして、日馬富士。

今日の豪風戦は一方的な勝利であった。豊ノ島戦など、若干、あぶない場面もなくはなかったが、今日の相撲を観る限り調子はいいに違いない。あの突き刺さるような立会いの低い鋭さはさすがである。



よく、関脇が強い場所は面白いという話はあるが、現在のような5人大関の状態では、やはり大関が強いと場所が締まるように思える。

今後も、今場所は、この3人に注目である。



一方、既に2敗してしまった琴奨菊であるが、本日の安美錦戦では全くいいところがなかった。というか、逆に安美錦が上手かったということだろうか。この安美錦という力士、先日の白鵬戦では、まるでいいところがなかったのに、本日は素晴らしかった。飄々としたベテランの味というところか。久々に呼ばれたインタビューでは、「久しぶりなのでインタビュールームがどこにあるか忘れていた」と冗談を言っていた。このあたりのとぼけた対応も、ベテラン・安美錦らしい。ちなみに、僕はこの人を見ると、「浮世雲(はぐれぐも)」の雲を思い出す。



また、今日の稀勢の里の相撲は残念だった。解説者の芝田山親方も「油断」「焦り」という言葉で説明されていたが、体の小さい豊ノ島に懐の入られるのを避けたかったのであろうか、突きで勝負をしたところ一瞬の隙をつかれたという感じの相撲であった。ただ、昨日の雅山戦などを見ると地力は確実についている。気を取り直して明日から再び頑張って欲しい。



まさむね

2012年1月 5日 (木)

ももクロとプロレスをネタに日本的芸能の伝統を考えてみた

じつにさんより「ももいろクローバーZの使命」というエントリーを頂いて以来、自分は、ずっと、ももクロとプロレスのどこが似ているのかをずっと考えてきた。



じつにさんからも紹介があったが、確かに昨年の10月の全日本プロレス両国大会で、ももクロが特別"参戦"するなどして、その関係性が密なることは誰の目にも明らかだし、「「ももクロとプロレス」――“あの熱”よ、もう一度」や「アイドルが「冬の時代」を吹き飛ばす!?格闘文化の最新型“ももクロ”の魅力」といった記事により、再三、ももクロとプロレスとの類似性が指摘されもされてきており、「今更、考えることなどあるまい」なぞと、自棄になったりもしたのだが、それでも、「力いっぱいでウソの無いパフォーマンス」とか、「プロレスに相通ずる"熱"」、あるいは「ステージコスチュームのセンス」はたまた「運営方針そのものが“闘い”」といった先人が指摘された類似性以上のなんらかの共通性があるに違いない!というドタ勘が心の中で疼き、僕は僕なりに考えざるを得ないのであった。



そして、こうして考えている間も、僕はYOUTUBEでそのPVを何度も目にするわけで、その度に、この泥臭いアイドルグループに惹かれる自分がを隠すことが出来なくなっているのだ。



一般的な流れで言うならば、90年代のSPEEDが、沖縄という異界からやってきた特権的なアーティスト・アイドルだとすれば、ゼロ年代初頭のモーニング娘。は、つんく♂という試練を乗り越えた面接試験型・アイドル、そして近年大ブレイクのAKB48は、総選挙という民意によって選ばれた民主主義的アイドルということである。つまり、アイドル史は、彼女達とファンとの関係性が、どんどん、斜め上から水平へと移動してくる歴史であった。



そして、そんな歴史上の究極形として、ファンが逆にアイドルを引き上げるというか、泥の中からアイドルが這い出てくるのを応援するというか、そういったスタイルとして存在するのがももクロだということが言えるのではないだろうか。つまり、彼女達のスタートが道端だったという"神話"はまさに、彼女達を、アイドルというよりもよりプロレスラー、あるいは、遊芸人に近い何者かたらしめるのに大きな要素だったというのは明らかである。



さすれば、今日のエントリーは、そのあたりから書き始めてみたいと思う。



というのも、日本の芸能の起源である散楽というものが、寺社の境内のみならず、村々の辻や無縁の道端で行われた雑多な芸能であったからである。その泥臭いパフォーマンスには軽業、曲芸、相撲や物真似などが含まれていたというが、網野善彦氏などの説によれば、それらは単なる見世物という以上に呪術的な要素が含まれていたらしい。つまり、エンターテイメントである以上に、宗教的な儀式であったということである。例えば、現代、興隆を極めているMANZAIにしても、その起源は、萬歳という、太夫(ツッコミ役)が、歳神を身に依らせた才蔵(ボケ役)をして、あの世とこの世の間を行き来させることによって成り立つ芸能だったのである。



おそらく、そこで、大事なのは、芸能者の異形のエネルギーが観客に対して持つ説得力であったに違いない。そして、そのエネルギーは、観客の目を楽しませることだけを目的にするのではなく、観客に対して、この世が改変されたことを示すために必要だったのである。

例えば、能楽の多くは、シテ役の怨霊が、ワキ役の僧侶に、その苦難な過去を語り、浄化してもらうことによって、この世に潜在的に及ぼしていた様々な災いを退散させるという構造を持っている。能舞台が、およそ、一期一会という一回性を重視するのはそれが単なる芸能ではないからである。



ちなみに、かつての能楽には、そうした呪力を持つ芸能と、呪力を感じる観客との間に、幸福な関係があったに違いない。しかし、残酷なことにどんなジャンルにも栄枯盛衰がある。それは一人一人の演者の力ではどうしようもない時代の運というようなものである。



さて、僕は以前、「申し合わせはしても合わせ稽古をしない」という能とプロレスの類似性について考えたことがあったが、この二つのジャンルの類似性は、同時に、その絶頂期においては、「世界を改変させる機能を持つ」というところに及んでいるのではないかという仮説を、今、持つようになっている。

それは、僕らは、多くのプロレスの試合においては、その決着の前後で、他のスポーツではありえないような世界の改変がなされているのに気がつく奇跡にしばしば出会うことがあったからである。多少大げさに言うならば、僕は、勝負の前後でそのプロレス会場が全く別の空間となっている瞬間に立ち会い、そしてその瞬間こそ、プロレスおたくだった自分の中の何かをも改変させられている瞬間を何度も体験しているのである。

もっとも、敢えて付け加えるならば、その空間には、レスラー達のボロボロの肉体と、その献身の精神に対する圧倒的感謝の念も残るのだが。



しかし、そんな体験も絶えて久しい僕ではあるが、もし、ももクロが、かつてのプロレスを、そして日本の芸能の本来の伝統を継承する力を持っているとしたら、彼女達は、以下の四つを感じさせるほどの"力"を持っているに違いないと僕は思う。



①計算外のエネルギー(世界が改変できると信じるに足るパワーと献身)

②あの世とこの世とをつなぐ恍惚感(どこが演技で、どこから現実かが曖昧な演出)

③幾多の困難を乗り越えた目覚しい成長(見るたびに世界が改変されていく運動体としてのももクロ)

④そんな演者と観客との幸福な関係(時代の運と信頼感)



それを確かめるべく、今年の楽しみがまた一つ増えた。



まさむね

2011年11月29日 (火)

稀勢の里昇進問題、あるいは合理主義とノスタルジーの葛藤

今日、Yahoo!トピックに「稀勢の里、32勝での昇進に異様な空気」という記事が出ていました。

普通ならお祝いムード一色だが、短時間で会見を切り上げるなどピリピリムード。29日に予定されていた使者待ち会見も急きょ中止に。後援会関係者も32勝での昇進に戸惑いを見せるなど異様な空気が漂った。


僕としてはなんだか複雑な心境ですね。個人的には、今場所の勝ち星数、相撲内容からいえば、大関は無理だと思っていたところ、琴奨菊との一番を前にして早々と大関昇進の速報が流れたのですから、「アレッ」という感じを抱きました。

それだったら、白鵬に勝ち、12勝を上げた先場所に琴奨菊と同時昇進させておけばよかったのに、と思ってしまったのです。

おそらく、そういった空気は日本中の相撲ファンの多くが共有していたことでしょう。そして、その空気こそ、冒頭の空気とどこかで通底しているものだと推察されます。



もう、この空気を払拭するには、来場所以降、稀勢の里が大活躍するしかないですね。そして、そのことを最もよく判っているのが稀勢の里だと僕は思っています。



それにしても、千秋楽の琴奨菊との一番は微妙でしたね。元々、苦手とはいえ、琴奨菊の一気の出足に後退を続ける稀勢の里。土俵際で、捨て身の突き落としを見せたのはいいのですが、明らかに先に土俵を割ってしまいました。



それに対して、正面の貴乃花審判部長が物言いをつけ、土俵上で協議、結局は、「確認の意味での協議で、軍配通り、琴奨菊の勝ち」ということになりましたが、その物言い自体が、なんとなく不透明な印象すら与えてしまったのは失敗でしたね。

敢えて、言うならば、「稀勢の里の負けをより惜しい負けに見せるための演出」に見えてしまったということです。

しかも、貴乃花審判部長の説明があまりにも淡白という印象を、普段はあまり相撲を見ない人(土日にしかチャンネルを合わせない人)に与えてしまったような気がします。

例えば、産経ニュースの「稀勢の里の大関昇進、どうも釈然としない」というコラムでは、以下のように指摘されています。

物言いの際の場内説明では、なぜ物言いがつき、どういう協議内容だったかの説明がない。


毎日、大相撲を見ている人には常識になっているのですが、実は、貴乃花審判部長の場内説明は、この一番に限らず、説明がとても淡白なのです。僕はそんなところにも貴乃花審判部長の現状を改善しようとする意欲のカケラを見るのですが、長年、大相撲を見てきた多くの人々にとっては、微妙な違和感を与えているのではないかと思います。事実、今場所も、13日目あたりだったと思うのですが、貴乃花審判部長独特の簡潔協議説明に対して、イナセな解説者として知られる北の富士さんに「ずいぶんと、簡単な説明だねぇ。」と言われていました。



僕らに染込んでいる、場内説明とは例えばこんな感じです。(あくまでも例です)



ただ今の協議について説明いたします。行司軍配は、西方××の寄りが有利と見て、××に軍配を上げましたが、向う正面審判の△△から、東方◎◎の左足が先に出ていたのではないかと物言いが付き、協議の結果、軍配通り、西方××の勝ちといたします。


ところが、こういった、日本人の誰でも(というのは大げさか?)が真似のできるような定型フォーマットの口上を、貴乃花審判部長は、こんな風に簡単に説明してしまうのです。

協議の結果、軍配通り、西方××の勝ちといたします。


思えば、大相撲というのは、日本人にとって、慣習と様式の塊のようなところがあります。例えば、中島みゆきの「蕎麦屋」という歌に、こんな一節が出てきます。

風はノレンをバタバタなかせて、ラジオは知ったかぶりの大相撲中継♪


大相撲の中継というのが、何も変らない日常のBGMとして聞こえているという、その感覚が凄くよくわかる、僕は大好きな一節です。



話がズレましたが、そういった大相撲というものが身にまとった慣習と様式に違和感を与えるような貴乃花審判部長の協議説明が、今回、最悪のタイミングで、勘繰られるように解釈されてしまったというのはちょっと残念だったですね。



また、勘繰りネタという意味では、以下の言葉はいかがでしょうか。

相撲で場所前、師匠(元横綱隆の里)が亡くなるという不遇に見舞われたにもかかわらず、ここまでよく10勝した。


これは、稀勢の里昇進に関して、貴乃花がインタビューに答えた言葉の一部です。

確かに、心情的には非常によく理解できるのですが、昇進理由に人情物語を介入させることは、受け取り方によっては、その昇進審査の客観性が疑われかねない、「危うい言葉」ではないでしょうか...誠に残念なことに。



おそらく、こういった「勘繰り」や先に述べた「異様な空気」というものは、大相撲を今まで、曖昧なまま、成り立たせてきた日本的村社会の常識自体が、微妙に揺るぎだし、それに連れて、今までは問題にもならなかったようなことが、段々、問題視されてきているという事象の一つなのかもしれません。

社会の様々な動きに呼応して、大相撲も、現代的に変貌していくべきなのか、それとも、伝統(慣習)は伝統として、守り続けていくべきなのか。それは、合理主義とノスタルジーの葛藤ということなのでしょうが、答えは簡単ではないように思えますね。



まさむね



2011年九州場所関連エントリー



2011.11.25:21回目の優勝を飾った白鵬について改めて考えてみた

2011.11.22:期待の大相撲・阪神四天王(豪栄道、栃の若、妙義龍、勢)

2011.11.21:大相撲で頑張る白人達の話

2011.11.20:九州場所の注目の二人・琴奨菊と稀勢の里について

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