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カテゴリー「TV番組 マスメディア」の70件の記事

2012年1月31日 (火)

朝生に登場した橋下市長は、まるでヒクソンのようだった

1月15日の報道ステーションサンデーにおける橋下徹市長の山口二郎北大大学院教授に対する圧勝を受けて、27日深夜の朝まで生テレビでは、さらに、橋下市長を批判する面々(精神医学者の香山リカさん、社会学者の薬師院仁志教授、共産党の山下芳生参院議員など)による弔い合戦的討論が展開された。



しかし、結果から言えば明らかな「返り討ち」であった。



僕が見たところ、橋下市長は、反橋下陣営の面々に比べて、経験でも、論理でも、知識でも、下準備でも、頭の回転の速さでも、弁舌でも、顔でも、器でも、人間的魅力でも、とにかくあらゆる面で上回っていたように見えたのである。

前回の山口教授との対論に関するエントリー(橋下市長と山口教授との論戦に思う ~日本的民主主義から普通の民主主義へ~)でも書いたが、橋下市長が主張していることはあまりにも「普通」のことであった。しかし、それが、何故か日本では「悪」と思われているようなことなのである。



単純に言ってしまえば彼が主張しているのは、全ての物事の決定のプロセスを以下のようにするシステムを作ろうということだ。

ある政治的問題が起きる⇒議論を尽くす⇒決定権者が(時に多数決で)決定を行う⇒実行する⇒政策の結果が出る⇒市民が選挙で決定権者を審判する


ところが、現状は以下のようになってしまっている。それは、大阪府や大阪市だけではなない。おそらく、日本中が、そうなっているのではないかと僕は想像する。

ある政治的問題が起きる⇒談合が行われる⇒形式的な議論をする⇒妥協案(=金銭的手当て)が通る⇒問題が先送りになる⇒公共の借金が増える


勿論、経済が右肩上がりで、財政に余裕のある時は、従来の解決方法で問題はなかった。そして、それがゆえに、昭和の古き良き時代、こうした談合民主主義(=日本型民主主義)は生きながらえてきたのである。

しかし、バブル崩壊から、山一ショック、リーマンショック、311震災などを経て、いつまで続くかも判らない平成不況の渦の中、日本人は誰もが、これまでの決定方法ではダメだということがわかってきた。そして、インターネットによる新しい情報の流れは、そんな人々の了解を後押しした。



勿論、僕自身、古いもの、日本独自のものに対しては人一倍愛着があり、改革によっていつの間にか古き良きものが無くなってしまうことに懸念を感じないわけではないが、優先順位の問題として、日本は、現在こそ、「普通」の民主主義システムにギアチェンジすべきときだと思っているのである。



さて、先の朝生の討論について話を戻す。よくよく議論を聞いていると、反橋下論者達は、決して橋下市長が唱える大阪都構想に反対しているわけではないようであった。ただ、彼の手法が、独裁的で危険な臭いがすると言っているだけなのである、あるいは、ただ、彼が気に食わないと言っているだけなのである...というように僕には見えた。



橋下市長のディベートが上手なのは、そうした彼らが抱く「橋下は相手の言うことを聞かない」というイメージ(それを彼らはファシズムに掛けて「ハシズム」と呼んでいる)を一瞬にして逆手に取るその「返し技」がゆえなのである。



(僕は番組を一回しか見ていないので、以下は、あくまで記憶の中での話であることをご了解下さい)



ある論者が「大阪都構想というキャッチフレーズはあまりに単純化しすぎ」だと批判する。

それに対して橋下市長は「じゃあ、あなたはどうしたらいいとお考えですか。」と切り返す。

当然、その相手はただ、市長を批判したいだけなので、具体的な案など持っていない。一瞬、言葉につまる。そして、困る。なにせ、番組は全国放送だ。

そのスキに、橋下市長は、大阪都構想が必然的政策であることをスラスラと説明する。

相手は、何もいえなくて困っていたもんだから、橋下市長の言う事をさえぎるどころか、(むしろ内心、安心して)聞く立場になってしまうのである。



つまり、論者にしてみれば、橋下市長に対する「相手の話を聞かない」という批判がデマであったことが、自分が「噛ませ犬」となりながら証明されてしまうと同時に、橋下市長の主張の方が説得力を持っているということが、(そして、批判者たちの方が実は何も考えていなかったのだということが)視聴者に対して瞬時にアピールされてしまうのである。



おそらく、多くの論者にとって、ガチの論戦というのはそれほど、慣れた場所ではない。今までの朝生にしても、結局は、「あの人はこういう」ので、「私はこう返す」、論理が平行線になって怒鳴りあうと田原氏がCMを入れる、といった予定調和的な討論プロレスに過ぎなかったということである。

勿論、多くの視聴者はそんなことは百も承知で見ているのであろうが、橋下市長の登場は、そんなプロレスリングに、突然、格闘家のヒクソン・グレイシーが現れたような、そんな鮮烈さがあったように僕には見えた。



そして、それはちょうど、先に述べたような、橋下市長が目指す『談合民主主義(プロレス)から、「普通」の民主主義(格闘技)への移行』とパラレルなところが、僕にとっては面白かったのである。



さて、話をさらに変える。「橋下市長と山口教授との論戦に思う ~日本的民主主義から普通の民主主義へ~」というエントリーのコメントにも書いたのだが、僕は橋下市長のこういった民主主義のルールを正すことが自分の役割だという認識は、小沢一郎氏の発想に酷似しているのではないかと思っている。

ただ、小沢氏の場合、「普通」の民主主義を実現するための多数を獲得する手法があまりにも旧態然としていたこと、そして、ディベートがそれほど得意ではないこと、それがゆえに、既得権益者だけではなく、多くの国民にも、全く人気がない(一部の熱烈な支持者は別にして)という意味で、橋下市長とは全く別モノのように見られることも多いが、僕は本質的には、橋下市長は小沢氏が目指す方向と同じ流れにあると考えている。

その証拠に、橋下氏は、大阪都構想のシステムを作った暁には、その職を辞して、別のステージに行くことを宣言している。そのステージが国政なのかどうなのか、現時点ではよくわからないが、自分の役割をシステム創りと規定するその姿勢は確かであろう。それゆえに、僕は、橋下氏が組むべきは、石原氏や亀井氏ではなく、(民主党を抜けた)小沢氏であるべきだと思っているのである。



最後の一言。

歴史と言うものは、なんども挫折しながら、ジグザグで進まざるをえないものである。時に、マルクスが言ったように「思うようには創れない」ものだったりもする。そして、その評価は後世からしかできないものでもある。

よく、橋下市長の「君が代起立問題」に対する態度をして、彼を愛国者というようなことを言う人がいるが、僕は、そういった表面的なところよりも、彼が持っている「とにかく前に進んでみる、ダメだったら次の世代が、修正してくれるに違いない」というような、現在から未来にかけての日本人に対する明るい信頼感にこそ、愛国者としての資質を見るのである。



まさむね

2011年11月12日 (土)

「新・週刊フジテレビ批評」~”ネトウヨ”心理とテレビの関係~ を見て

本日(11/12)、フジテレビの「新・週刊フジテレビ批評」という番組で、「”ネトウヨ”心理とテレビの関係…排外的な動きが今なぜ起こるのか」という特集番組は放送されました。

僕は、生では見られなかったのですが、すぐにYOUTUBEで見ました。









これは、夏場あたりから、ネット上で盛り上がり、実際のデモにまで発展した「フジテレビ批判」を、具体的にフジテレビ側が取り上げた最初の機会なのではないかと思います。

勿論、今まで数千人規模のデモ等に対しても、フジテレビや他のマスメディアがほとんど無視してきたことは、大いに疑問(+不満)のあるところですが、とりあえず、恐る恐るでも、取り上げたという意味では、この番組は、評価出来ることだと僕は思いました。



さて、この番組の内容は、濱野智史さんと津田大介さんが、「ネトウヨ」や今回のフジテレビデモの背景を解説し、フジテレビ側の二人のアナウンサーは特に意見を言うでもなく、神妙に聞き入るというスタイルで行われました。さすが、お二人は鋭い、大筋のところ、その分析は正しかったのではないでしょうか。



まず、ネトウヨに関してですが、濱野さんより以下のようなサマリーがなされていました。



ネトウヨと言っても、従来の街宣右翼とは違うということ、ネット(2CH)をやる人が全て、ネトウヨではないということ、そして、その起源は、90年代終わりに漫画家の小林よしのりさんが書いた「戦争論」や、歴史教科書批判であり、その動きは、2003年日韓共催ワールドカップで広まり、その後の「嫌韓流」(山野車輪)などによって理論づけられたということです。

そして、それらのネットの動きは、それまで情報を独占してきた左翼的マスメディアに対する批判と一体になったということですね。

海外との比較で言えば、アメリカのデモがウォール街の投資家に向き、中東のデモが独裁者に向いたのとパラレルに、日本ではそれがフジテレビに向いたというわけです。



勿論、日本の場合、そういったマスメディアに対して声を上げる人々の中は、様々な意見があります。

そのあたりは津田さんがフォローされていましたが、彼らの中には、従来の右翼運動家の延長で行っている人から、中国や韓国の日本に対する態度への反発を持つ人、メディアが嫌いな人、左翼的なエリート主義に対して反発する人...などがいるという話です。



そして、それらの人々が、尖閣事件から、311の大震災や原発事故を経て、益々、マスメディアに対して不信感を抱くようになり、それまではネットだけで連帯していのが、実社会でも具体的な行動を起こすようになってきたということですね。

さらに、津田さんは、昨今のTPPに対する偏向報道も、テレビ不審に至る流れに入れていました。



僕も、実際に311震災以降、僕ら日本人の意識は大きく変ったとのではないかと思っています。

それは、濱野さんや津田さんが言われているようなメディアに対する不信感の増大ということも、勿論なのですが、僕は、それ以上に、メディアで宣伝された商品を素直に受け入れ、消費することが幸せだという、そういった物欲資本主義的価値観が変わりつつあるのではないかと思います。



そして、一連の批判やデモは、フジテレビが象徴していた従来の価値観に、日本国民の多くは今まで騙され続けてきたという意識が、怨嗟感情として爆発したのではないかと思うわけですね。

一方で、被災者達が家族や住む場所を失って悲惨な暮らしを余儀なくされている、不況によって多くの人が職を失ない格差が広がっている、その反面で、今まで通りの揺らがない価値観に基づいて、特権的な場所から、大騒ぎのバラエティ番組を流し続けているテレビを、日本国民として、誰が、「自分達の気分や声を代弁してくれている」と思えるでしょうか。



番組の最後に、現状を踏まえてテレビ製作者側はどうすればいいのかというアナウンサーからの問いに対して、濱野さんは、「テレビとネットが意思疎通出来るような場を設けることが大事だ」というようなことを述べていました。



昨日のエントリーにも通じるのですが、日本人はとりあえず、「話合い」ということを解決の場所に持ってくることによって、なにか安心するようなことがありますが、もしもやるのであれば、プライムタイムにネットを代表する人々とテレビを代表する人々が何日にも渡って徹底的に討論するようなシリーズが必要かもしれません。中途半端な対応は一番良くないと思いますね。



そして、フジテレビには、土曜日の朝5:00の番組で、アリバイ的に取り扱って、それで終わりということが無いことを、とりあえず、願いたいと思います。



まさむね

2011年11月11日 (金)

NHKの9時ニュースで野田首相の記者会見を見て

本日、20:00、野田佳彦首相は、TPP・参加のための協議に入ることを発表しました。



実は、今日の夕方(16:00頃)、僕は、「坂の上の雲」を見ようとテレビの前に座っていたのですが、ドラマは一向に始まらず、国会中継が放送されていました。とりあえず、チャンネルはそのままに見ていたのですが、野田首相は、社民党の福島さん達の質問に、ただじっと耐えているという感じでしたね。

「おそらく、これがこの首相の作戦なのでしょう。」僕はすぐにそう思いました。

「相手に言いたいことを言わせて、自分は、完全に感情を抑えて下手に出る、そして時間が来るのを待つ」

まぁ、国会答弁に期待するほうが間違っているのかもしれませんが、それはあまりにも普通の、いつもの光景でしたね。



そして、20:00からの記者会見、僕と妻はNHKの9時のニュースで見ました。

内容に関しては、これもまた、見事に予定調和的でした。また、記者からの質問も、凡庸で取るに足りないものでした。

ただ、内容には、あまり関係ないことなのですが一つだけ気になったのは、他の記者は社名と名前を名乗るシーンは放送されたのですが、自由報道協会の岩上さんが質問をしたときだけ、質問内容は報道されたのに、名乗りのシーンの映像はカットされていたということです。

もしかしたら、いつものことかもしれないのですが、テレビのニュースを見る習慣のない僕や妻にとっては、ちょっと奇異に感じました。あくまでも、記者クラブメディアは、フリーランスの存在を知られたくないということなのでしょうね。



また、その後の政界の動きですが、野田首相が、「参加」を明言したのではなく、あくまでも「参加協議」に入るということを言っただけだったということで、慎重派議員たち(原口さんや山田さん)は、一様に満足げな表情で会見に応じていました。

彼らの態度は、それまでの反対態度に比べると、生ぬるい感じは否めなかったのですが、まぁ、それが日本の伝統的な話合いの後の風景ということなのでしょう。



そんなことを今日は書いてみたいと思います。



実は、僕が先日から繰り返し引用している『忘れられた日本人』という本の中にも、村の集会の様子が記述されているところがあるんですね。

日本(特に西日本)における村の寄り合いでの話合いに関してです。村で何か問題が起きると、村人達は、納得がいくまで話し合ったということです。宮本氏は、その様子を以下のように記しています。

話といっても理屈をいうのではない。一つの事柄について自分の知っているかぎりの関係ある事例をあげていくのである。話に花がさくというのはこういう事なのであろう。


こうして話をしていると、大抵の問題も三日で話がついたということなのです。

また、別の箇所には、こうも記されています。

話の中にも冷却の時間をおいて、反対の意見が出れば出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、また出たままにしておき、それについてみんなが考えあい、最後に最高責任者に決をとらせるのである。




なるほど、今回の野田首相の会見の一日延ばしというのは、極めて伝統的な日本的な作法だったという事なのですね。



つまり、日本の伝統では、とにかく話合いをしていれば、おのずと結論が出てくるとということなのでしょう。

これは、いわゆる話合い至上主義ということです。僕はそれは、民主主義とはどこか違うような気がします。民主主義であれば、議論が出尽くせば、結論は多数決で決められるのが本筋なのですが、話合い至上主義は、長時間話し合っていれば、おのずと結論が出てくるはず、といったある意味、信仰に近い観念があるように思うからです。



ようするに、野田首相としては、「皆さんのお気持ちは十分わかりました。後は、私に任せてください、悪いようにはいたしません」ということで了解をとったのでしょうね。極めて日本的な決着手法ではないですか。



しかし、これから交渉しなければならない相手は、日本の流儀が通じない外人です。

大丈夫かなぁと思いつつ、とりあえず、多くの反対派は、見守ることしか出来ないでしょう。

「決まったことには従う」、それもまた、日本の流儀ですからね。



まさむね

2011年11月 7日 (月)

「私のホストちゃん~しちにんのホスト~」という試み

今日は、最近ちょっと面白いと思ったテレビドラマ「私のホストちゃん~しちにんのホスト~」(テレビ朝日)について書いてみたいと思います。



このドラマは、元々、人気の携帯ゲームをドラマ化したということですが、その経緯もさることながら、作り手と劇中の世界と観る側との三者のスタンスの取り方が、今までのテレビドラマ、あるいはドキュメンタリー番組とは違う、そこが大変、面白いんですね。



簡単に言ってしまえば、今までのテレビドラマというのは、フィクションだということを断って、フィクションを行います。勿論、これは、極めて普通のことです。別に、テレビじゃなくても、映画やビデオ作品でも同じことですよね。



しかし、最近、どうもテレビドラマの人気(視聴率)が落ちています。それは、他にも多くの要因があるのでしょうが、多くの人にとって、ドラマの中の世界と現実の世界とがズレてきたというのも、その一因のように思うわけです。

別の言い方をすれば、そこに描かれている人々や物語にリアリティが見出せなくなってきている、ということなのかもしれません。



また、一方で、ドキュメンタリーや報道というのは、"本当の話"という前提で、本当のことを見せる、そして視聴者も、そう思ってみる、ということですね。

いや、"そうだった"わけですと言った方がいいかもしれません。

インターネットの普及によって、あらゆる情報が多くの人々の耳目に入ってくるに従って、「アレッ、これって確かに素材は本当なんだけど、作り手がフィクション化しているんじゃないの?」という疑問は、普通のこととして、視聴者が抱くようになってしまいました。

そんな現象を結果として後押ししたのが、いわゆる311以降の報道やドキュメンタリー番組の体たらくですよね。その結果、そこで流されている「現実」は誰も信用できなくなってしまいました。ちょっと極論かもしれませんが、僕らは、今、マスメディアに対しては本当に不審感で一杯です。



そんなメディア不審(テレビはつまらないという気分)が極限に達しているときに、その危機感に対する一つの答えとして、テレビ側が出してきたのが、今回の「私のホストちゃん~しちにんのホスト~」のドラマじゃないのか、と僕は思ってしまったわけです。ご存知の方も多いと思いますが、演出は森三中の大島さんの旦那さんでもある鈴木おさむ氏です。



まず、このドラマが他のドラマとは違うのは、始まる前に画面一杯に、「この番組はフィクションです。画面の加工・効果はすべて演出です。」と表示されるところです。普通だったら、番組の最後に申し訳なさげに表示されるあのテロップが、むしろ、その事実を誇示するかのごとく表示されるのです。



そして、それに続いて流されるのは、あたかも、"本当の"ドキュメンタリーであるかのようなナレーションとカット割り。つまり、最初のテロップが無いと、おそらく最初は、ほとんどの人は"本物"だと思ってしまうでしょう。そんな演出になっているんですね。



ただ、観ていくに従って、この世界が嘘であるということが、メタメッセージとして伝わるようになっています。つまり、「こんなのありえねぇよ」とツッコミを入れたくなるようなシーンがところどころに入ってくるのです。さらに、劇的なシーン(喧嘩や、高級酒が注文される場面)が、何度も何度も、しつこく"偶然に"カメラに収められるからです。



おそらく、今までのテレビ番組であれば、そういったツッコミはテレビの中でコメンテイターとか芸人さんが行って、視聴者は「あっここで笑うんだ」ということをご親切に教えてもらうという構造になっていたのですが、このドラマでは完全に、ツッコミを視聴者の側に委ねているという感じ、そこが非常に面白いんですね。

例えば、話の中に、シャンペンコールを考えるプロという人が出てくるんですが、その人は店特注でシャンペンコールを専門につくり、月収500万円で年収6000万円というような話が、スッと入ってくるんですね。これには誰だって、「嘘でしょ」というツッコミを入れたくなります。しかし、画面の向こうではクソ真面目にドキュメンタリーが進行しているのです。そして、たまに、歌舞伎町伝説のホストとして現実として知られているる夕聖さんなんかが出てきてインタビューに応じていたりもするわけです。



つまり、このドラマは、フィクションという前提で、本当のことと嘘とを混在してみせているわけですね。

そういえば、リアリティのある嘘というのは、嘘と本当を混在させることって、どこかで聞いたことがあります。



さらに面白いのが、このドラマが映し出してるホストクラブという存在自体が、元々、虚実の境がよくわからない夢のような現実のような曖昧な世界であるということです。ここに対象(ホストクラブ)と手法(嘘のドキュメンタリ)とが奇妙にシンクロする、この感覚がなんともスリリングだと僕は思いました。



実は、偶然でしょうが、昨日(11月6日)、昼間にフジテレビで「浪花の人情ホスト」というホストのドキュメンタリー番組が、古い手法のまま放送されていて、僕は思わず、両者を比較して観てしまいましたね。



残念ながら、「浪花の人情ホスト」の方は、「ホストという仕事をしているどうしようも無い若者も、実は人情味溢れるいい奴」という凡庸な物語が、ドキュメンタリでありながら透けて見えてしまっていました。

勿論、男二人が服を着たまま、川の中で相撲を取り、友情を深めるというシーンなど、フィクションとしては泣かせる場面もあるのですが、所詮、ホストクラブの「宣伝(パブリシティ)」なんでしょ、という意識を僕は、意地悪にも持たざるを得なかったのです。

しかも、彼らを撮影しているスタッフは、一切姿を現さないという、これはこれで、当然の手法なのですが、そこが、「私のホストちゃん~しちにんのホスト~」を観た直後だと、どうにも偽善的に見えてしまう、これはある種の残酷な現象だなぁと僕は思うわけです。



まぁ、言葉では本当にわかりにくいと思いますので、興味のある方は是非、コチラからご覧下さい。



言い忘れましたが、このドラマのもう一つの大きな特徴は、テレビ局自身がYOUTUBEでオンデマンド配信しているということですからね。この勇気と、実験精神にはとりあえず、拍手を送りたいと思います。



まさむね

2011年7月 5日 (火)

「あの花」に観られるプロダクトプレイスメントの自然化の流れ

広告業界の苦境がささやかれている昨今であるが、新しい試みとして注目されているのがプロダクトプレイスメントである。

これは、映像作品の中に商品を写しこんで、商品告知やイメージ効果を狙う広告手法の一つであり、ハリウッド映画などでは既にビジネスとして成立しているという。

有名な成功例としては、「007シリーズ」におけるボンドカー(BMW)や、「マトリックス」におけるサムソンの携帯電話などが知られている。



さて、僕が、最近観た「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(通称:あの花)の中にも、様々な商品が登場していた。しかも、あまりにも自然に登場していた。

例えば、第一話だけをとっても、冒頭に机の上のPCの傍に何気なくおいてあるガリガリ君(赤城乳業)、そして主題歌が始まると、その中にはCCレモン(サントリーフーズ)が。次のシーンでは、サッポロ一番塩ラーメン (サンヨー食品)を作るシーンも出てくる。



左からガリガリ君、CCレモン、サッポロ一番塩ラーメン、埼玉新聞、WcDonald




また、第二話以降の様々なシーンでも、アルトバイエルン(伊藤ハム)、カントリーマーム(不二家)、うま辛ポテト ヒ~ハー!!(カルビー)といったナショナルクライアントの商品が頻繁に登場。ちなみに、ローカルの商品としては、埼玉新聞(埼玉新聞社)や十万石まんじゅう(十万石ふくさや)なども登場する。

一方で、企業名や商品名を容易に想像させる、WcDonald(MacDonald)や金カ堂(キンカ堂)というような名前も登場する。



製作委員会に電通の名前が見られることから、登場シーン、使用方法を確認の上、それらの企業に承認を取って名前や絵柄を使用しているというのは確実だ。ただ、スポンサーや商品提供のクレジットが見えないことから、おそらく、広告活動というよりも、ある種のテスト使用ではないかとも想像される。



ご存知の通り、視聴率の低下、レコーダーのCMスキップ機能などにより、テレビ広告の価値が揺らいでいる昨今、広告代理店、テレビ局は「新しい」広告のありかたを模索している。

おそらく、現時点では、これらのプレイスメントが、視聴者に対してどのように受け取られるのか、効果があるのか、逆効果にはならないのか、または、制作進行の障害にならないのか、という事に対して、まだ十分なデータが存在しないため、まずは深夜アニメで試してみようということのなのだろう。

そして、視聴者に、それほど抵抗感が無いということを確認の上、プライムタイムのドラマ等にも普通に商品が登場する「自然化」を進めるというストーリーが見えなくもない。

おそらく、広告としてのビジネスになっていくのはそれからの話であろう。



視聴者のCMに対するリテラシー、拒絶感がどんどん高まる中、こういった流れは、ある意味仕方が無いとも言えるが、一方で、それら「大人の事情」によって、本来いい作品を作る事を第一義に考えるべきアニメ制作サイドの自由や創作意欲が抑圧されなければいいと思う。

それがアニメファンとしての現時点での最大の懸念点である。



まさむね



この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

2011年6月30日 (木)

朝ドラ「おひさま」の進歩と戦後の自己欺瞞について

NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」の淡々とした進行に思わず引き込まれることがある。

僕自身は観ているような観ていないようなスタンスなのだが、妻が毎朝(たまに昼)にチャンネルを合わせるものだから、時々目に入ってくる画面をそれなりに見入ってしまうのである。

朝ドラは、古くは、1967年に放送された「おはなはん」(主役:樫山文枝)から、僕の意識の中に入ってきているが、やっぱり、「戦前から戦中、戦後にかけて黙々と生きる女性を淡々と描く」というのが王道のパターンである。

その意味で、今回の「おひさま」は正しく、王道パターンを踏襲していると言えるだろう。岡田惠和が演出をするということで、一部では「ちゅらさん」的な、マンガチックな演出がされる可能性もささやかれていたが、結局は、岡田自身がどこかで書いていたが、演出が突出するのではなく、「『共感』を大切にしている」ドラマ作りに落ち着いたということか。

いずれにしても、成功の部類なのだと僕は思う。



さて、今回の岡田の演出の中で特徴的なのは、現在を生きる陽子(若尾文子)が、当時の自分(井上真央)を思い出すという設定ながら、なるべく当時の人々の気持ちに沿った形でのドラマ作りがなされているというところであろう。例えば、本日の放送回では、ちょうど終戦を向え、小学校教師であった陽子が生徒に教科書の墨塗りを指示する場面なのであるが、そのつらさがよく伝わってくる。



これは以前までの朝ドラであったら、例えば、戦争を描く場合、周りの人々はともかく、自分は反戦意識を持つ主人公という、後世からの意識が普通に当時の主人公の内面に投影するような作りが多かった(ように思う)のであるが、その点に関しては、微妙だが明らかな相違点が見受けられる。

例えば、戦時中にの場面では、陽子は、むしろ積極的に軍国主義教育を行っているように描かれているのである。しかも、けっして戦争中であったも彼女は暗くはない。むしろ、(太陽のように)明るく、日本の勝利を信じて生きているのだ。



僕はこの演出自体はささやかな進歩として評価したいと考えている。しかし、まだまだ不十分だ。悪者=軍部、庶民=無垢という大前提からは一歩も出ようとしないからである。(その姿勢は、さすがにNHKと言うべきであろうが、)若尾文子には、「後で、騙されたとわかった時は本当に悔しかったわ!」と言わせているのである。



現在では、様々な研究によって、戦後はGHQの言論統制によって、戦前の価値観は全て否定されて、戦後のアメリカ的民主主義が善であるという教育があらゆるレイヤーでなされたこと、つまり、第二次世界大戦(大東亜戦争ではなく)は、間違った軍国主義国家日本が、正しい連合国軍に敗れた戦争であったという史観が広められたということが明らかになっている。

そして、その大前提の上に戦後日本が形成され、その土台の上に戦後の繁栄があったというのも事実である。

つまり、戦後という時代は、欺瞞を引き受ける一方で繁栄を享受した時代というようにも言い換えることが出来るのである。勿論、僕は戦前が全面的によかったということを言いたいわけではない。勿論、多くの問題点はあったという認識はある。また、終戦直後における日本人の判断も、仕方がなかったという面があるのは承知している。いや、むしろ、判断として正しかったのかもしれない。

しかし、それはあくまでも、限定的な時代状況下として、という話である。

それゆえに、日本が何故、戦争を起こしたのかのかという、最も客観的に振り返るべき反省点を欺瞞で糊塗したままの前提の上に乗った社会がずっと続くべきではないと僕は思う。

そして、その前提の上では、けっして次のステージに行けないのではなかと最近は思っているのである。



正直なところ、戦前の日本人の多くは、勝てるかどうかは別にして、戦争をしたくてしたのであろう。少なくとも認めてきたのであろう。そして、素朴に米英を叩きたかったのではないのだろうか。しかし、敗戦という屈辱を受け入れるために、「自分達は、権力者=軍部に騙されていた」という物語にすがったのではないだろうか。



その意味で、「おひさま」における陽子(若尾文子)の回想態度は、ベタな戦後意識を表現しているという意味で、正しい演出なのだと思う。しかし、僕らは、その回想態度こそ、欺瞞だったのだという時点に向わなければならないのではないだろうか。



おそらく、そういった戦争回想態度そのものが自己欺瞞であったという、あるいは少なくとも自己欺瞞であったかもしれないという観点が日本人に共有されないかぎり、同じような失敗を僕らは何度でも繰り返すに違いないのだ。



それは、例えば、昨今の反原発運動や、反民主党意識などを見てもそうである。

いずれの場合も、誰か、悪い人々に騙されたといって済ませればいい話ではない。残酷な話ではあるが、歴史というのは、僕らが自分達で選んできたものの結果なのである。



まさむね

2011年1月 1日 (土)

紅白における桑田佳祐の復帰と鎌倉武士

1年振りに紅白歌合戦を見た。といっても、最初のほうは寝ていたので、僕が見たのはコブクロからである。

桑田佳祐さんが登場した。

彼は、僕らの世代の代弁者である。だから、そうそうにくたばってもらっては困るのだ。



いきなり、「コチンコチンにしてまいりました」という下ネタ、さすがに桑田さんらしい。

僕は桑田さんの下ネタのセンスの根底には、「モテないヤツらが身を寄せ合ってすごした青春の痛恨の思い出」があるとにらんでいる。

そして、それはおそらく、多くの僕らの世代の共通感覚なのだ。

そういえば、最近の芸人は、こういったさり気ない下ネタをあまり言わない。いい悪いは別にして。



桑田さんは紋付を着てギターを弾いていた。家紋が気になる僕は、歌そっちのけでその家紋をチェック。

なかなかわからなかったが、最後に上から家紋と同じイラストの垂れ幕が下りてきてわかった。

それは、丸にデフォルメされた桑の字であった。

暫定的に文字紋のページに桑田佳祐を加えることにした。

しかし、この紋はただの「桑」の字のデザイン化したものではない。

ここには、鎌倉の伝統である北条鱗が見え隠れしているではないか。

そういえば、桑田さん自身、鎌倉五山の一つ建長寺の附属の鎌倉学園出身者である。

そして、建長寺の創建は、北条時頼、寺紋は北条鱗なのである。(右画像は東慶寺にて撮影)

青春期に通った鎌倉の遠い記憶があの「桑」の字に影を落としているのではないかというのが家紋主義者の妄想だ。



鎌倉といえば、一般的には笹竜胆がシンボルのように印象されているが、実は、鎌倉武士の代表、執権・北条家の刻印の方が深く、歴史も長い。

建長寺をはじめ、円覚寺、東慶寺などでは頻繁に、この北条鱗を目にすることが出来る。



僕は昨年来、「日本らしさとは何か」ということをずっと考えている。

日本回帰といった場合に、一気に、日の丸や靖国神社などの国家主義的なアイテムに帰依するのに、僕にはまだ抵抗があるのだ。

明治維新以降のイデオロギーだけが日本らしさではない。

もしかしたら僕らはそれだけ、戦後教育に洗脳されているということなのかもしれないが、それでも自分の頭で「日本らしさとはなにか」を考えてみたいのである。



さて日本人は、そのオリジナル文化として家紋を残した。これは凄いことだ。

実は、この家紋文化が進化し、人々の間で展開を見せた最初は鎌倉時代の武士の間での話であった。

僕は彼らのメンタリティにこそ、日本らしさが潜んでいるのではいかとひそかに考えている。これは直感である。

考えてもみれば、その鎌倉武士は、例えば、江戸時代以降の官僚化した武士とは違い、とても謙虚だ。

二代目執権の北条義時の三男、北条重時(北条三つ鱗)は家訓に以下のような文章を残しているという。(山本七平「日本とは何か」より)



葬式の近くで笑うな

道は相手がだれであれ自分からゆずれ

酒の肴や菓子は人に多くとらせろ

料理は人より多くとるな

旅のとき人夫や馬に重いものを持たすな

百姓が垣内に植えた木の果実などを所望するな




また、円覚寺は、北条時宗によって元寇での戦没者の慰霊のために建てられた寺であるが、そこには日本人、モンゴル人、高麗人などを分け隔てなく弔っている。

21世紀の現代ならともかく、13世紀に侵略してきた敵をも含めた戦没者全員を慰霊する施設を作っていたということに僕は驚く。

そこには、日本独自の怨霊思想(恨みを残して死んだ者が怨霊とならないように、奉ることによって御霊に転化させようとした思想)があったのかもしれない。

そして、もしかしたら、元寇でおおいに被害を受けた長崎県の松浦市にあるモンゴル村はそういった寛容の思想の延長戦上にあるのかもしれない。



ただ、この寺は元によって滅ぼされた南宋の最後の砦であった明州慶元府出身の無学祖元が開祖となっているということも忘れてはいけないと思う。

現在、僕らはシナ人に対してあまりいい感情を抱いていないが、この時代、日本人にとってシナからの僧侶は尊敬の的であった。

元によって滅ぼされたシナ人が、それでも異国の地で元の兵隊をも弔おうとするこの心の広さ。

南京大虐殺紀念館を作った中国共産党のメンタリティと円覚寺を開山した無学祖元のメンタリティの落差に僕はさらに驚く。

そして僕はこういった過去のシナの禅僧の思想に大変興味がある。



もともと僕は桑田さんの復帰を喜びたいだけでこのエントリーを書き始めたのに、話が大いにずれた。

いつもそうだ。



おそらく、今年もこんな感じで時間が過ぎていくのであろう。



まさむね

2010年12月24日 (金)

久々にニュース番組を見たけど結構ひどいと思った

最近はあまりテレビを観なくなった。

多分、多くの人がそうだろう。



ネットの発達によって、テレビを観なくても情報は収集できるし、最近のテレビは、つまらないだけではなく、不愉快であるからだ。

毎日テレビを観続けている人には、芸能人の内輪ネタは面白いのかもしれないが、名前も知らない芸人達がブラウン管の向こうで大騒ぎをしていても、飲み屋で隣の席がうるさいというと同じような感覚しか覚えない。



それにしてもこんな時代が、こんなに早く来るとは誰が予想しただろうか。



ただ、今日はたまの祝日だ。何気なくテレビをつけてしまった。

夕方の日本テレビ、ACTIONという番組で、今年の事件を振り返っていた。

元局アナである福澤さんが司会で、辛坊さんや、元大蔵省で、ZEROのキャスターの村尾さんなどがコメントをする番組だ。

関係ないが、福澤さんがプロレスのアナウンサーをしていた頃が懐かしい。



途中から観たので、前半の話はわからなかったが、僕がチャンネルを合わせたときにはちょうど、尖閣事件の話をしていた。

それを観て愕然とした。

今回の事件は、今までは暗黙のうちに、尖閣付近の領海内に中国漁船入ってきても、追い返していた海上保安庁が今までの暗黙の了解を破り、船長を逮捕したことに問題がある、つまり日本が悪いという展開なのである。

そして、それを解決するために、細野議員が中国に特使として派遣され、先方の高官と会う。そして、フジタの社員を返すのと引き換えにビデオの公開をしない密約をしたというのだ。

中国人はこういったという。

「お互いに不利益なことはやめましょう」



さらに、もし、船長を拘留しつづけていたら中国海軍が尖閣に上陸、占領していただろうと、その会議に同席したというコンサルタントの人がカメラの前でしゃべっていた。

あれっ、密約だったんじゃないの?

そんなことを簡単にしゃべっていいの?



少し考えればわかるのだが、ようするに、これは秘密を公開するという形をとった、日本の財界、そして中国の共同パブリシティ企画なのある。

中国人は日本に対して友好姿勢でいるのに、日本側は約束を破り(船長を逮捕し)、しかも密約も結果として破った(ビデオが漏洩した)、つまり日本側が反省すべきというのだ。

しかも、結果として船長を釈放したことによって、中国が尖閣を占領することを回避できた、結果として最悪の事態がまぬがれたというのである。



そして、総評として村尾さんが、民間レベルで友好関係を作っているのに、政府レベルでその関係を壊すようなことはしてほしくはないでね...だって。



そもそもその暗黙の了解自体が問題だったのではないかとの疑問は何故、出ないのだろうか。

あるいは、日本の東シナ海における防衛を強化すべきという話は出ないのだろうか。

とりあえず、波風を立てないで、なんとなく無事ならばそれでいいというのであろうか。



少なくとも僕にはそのような「一般の日本人が普通に抱くような感想」があってもいいように思えた。



僕らは今まで、何十年にもわたってずっとこういう番組を、意図も分らず知らず知らずに見せられてきた。

そしてそれを信じてきた。

今更ながら、思うのはマスメディアというものは情報を流すものでもあるが逆に、情報を曲げるものでもあるということである。



まさむね

2010年11月 8日 (月)

尖閣ビデオ流出に関する朝日新聞の社説はあんまりだ

尖閣ビデオがYOUTUBEに流出した。金曜日の朝からネットでも凄い。2チャンネルのニュース速報+のスレッドも150に届く勢いだ。



僕は土曜日の朝はいつも病院に行く。先週末は、長い待ち時間の時間つぶしに、朝日新聞を買ってみた。

久しぶりに新聞に目を通す。

やはり、このタイミングでは尖閣ビデオの流出問題が気になる。勿論の社説のテーマもこの事件に関してだ。



政府の意思としてビデオを公開することは、意に反する流出とはまったく異なる意味合いを帯びる。短絡的な判断は慎まなければならない。


と書いている。さらに続ける。

映像を公開し、漁船が故意にぶつけてきた証拠をつきつけたとしても、中国政府が態度を変えることはあるまい。


基本的に、流出に関する政府の情報管理体制を批判した上で、全面公開に対してはあくまでも慎重にすべきという立場、つまり、中国が態度を変えないのだから、ビデオを公開しても無駄だ。だから、公開するなという立場である。

まぁ、「人民日報 東京支社」とも揶揄される朝日新聞らしい論法はである。ようするに、あくまでも日中友好が大目的なのだ。



さて、実は、土曜日のこの「尖閣ビデオ流出 冷徹、慎重に対処せよ」という社説に関して、僕が言いたいのは上記以上に次の箇所でだ。

仮に非公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反する行為であり、許されない。


ちょっと待って欲しい。これは政府や国会の意思に反する情報流出=リークはすべて許されない、ということなのか。

僕は目を疑った。

いまや、政治家の「政治と金」の事件などの記事、そして、官僚の腐敗などの記事は、検察など現場の公務員のリーク情報によって成立していることなど世間の常識だ。

朝日新聞の記事の多くだって、そういったリークという「犯罪行為」によって成立しているのだろう。

そして、世間はそういった事情も踏まえながら、知りたい情報を得るために「犯罪行為」を黙認しているのだ。



それにもかかわらず、この社説では政府の意思に反する行為だから、許されないと言っている。

民主党政権に気兼ねしてそのように言っているのだろうか、あるいは、自分達マスコミにリークさせる分にはいいか、動画投稿サイトへの掲載は許されないということを言いたいのであろうか。

もし、後者だとしたら、リークする方法や相手によって、リークの是非が判断されるというのは、自分達の特権というものに無自覚になっているかというあまりにも恥ずかしいことではないのか。



この映像が無記名で新聞社やテレビ局などマスメディアに送りつけられてきたという形の情報流出だったら、どうなっていたのだろうか。

僕は少しだけ、興味深い。



まさむね

2010年11月 4日 (木)

TV番組「ブラタモリ」と「世界ふれあい街歩き」にみられる何気ない散歩の風景はいい

最近のTV番組はほんとうに面白くないのであまり見ていないのだが、そのなかでも好きな番組が二つある。「ブラタモリ」と「世界ふれあい街歩き」だ。NHKの番組。といっても毎回欠かさずかならず観ているというわけではないのだが。いずれも番組の基本は街のなかをとくに目的もなく散歩するというようなコンセプト。もともと僕自身がいわゆる名所旧跡の類にはあまり興味がなく、外国に行ってもほとんど観光地めぐりらしい観光を行わない(たとえばパリに行ってもマレ地区をうろついたりするのがとても好きだ)ので、そういう性格の人間にはとても波長が合う番組なのだ。なんといってもどこか行き当たりばったりの散歩者目線であるところがいい。



「ブラタモリ」はご存知タモリが東京という町の今昔をどこかワープしながら散歩するというような内容。たとえばこの間あった新宿の探索では、新宿という町が江戸時代からいかに水道(玉川上水)とのかかわりをもって発展してきたかという観点でその足跡をたどりながら散歩してゆく流れになっていた。たとえば四谷の交差点のコーナーの曲がり具合が実は上水の曲がり具合をそのまま反映したものであるという事実や、上水からの分水(枝水)が今は柵の脇の草の生えたただの無意味な土地のように伸びていることなどが明らかにされてゆく。



一つ一つのことは別にたいしたことではないかもしれないのだが、そういうたいしたことはない積み重ねのなかで交錯して発展してきた新宿の今がわかってとても面白い。

その最終形として今の西新宿という土地そのものが浄水場の跡に立った高層ビル街であり、ちゃんと現代の水道局本体もいまだに鎮座していることなども当然ながら確認されてゆく。

それから「世界ふれあい街歩き」のほうはカメラマンの体に装着された水平移動カメラが世界のある都市の路地をまるで縫ったり這ったりするように移動してゆきながら、その間に現地の人とまるで対話しているような日本語のナレーションが入りつつ進んでゆくというコンセプト。これを早朝(朝の出勤時刻)から夕方まで街中を歩き続けるシーンが続いて、そこで偶然に出会った人やモノ、風景を映し出すという流れになっている。



こちらも特に名所旧跡だけを映し出すのとは違い、他愛がないといえばそういえるのだが、それがいいのだ。結局そこに映し出されるのは何気ない日常を生き続けている現地のひとたちの当たり前の暮らしだ。僕らの日常も実はそういう他愛もないような連鎖によって成り立っているのだから。



そこには大言壮語もおそらく経済の危機もない。かりにその影響はあってもそんなものとは別に連綿と淡々と昔から続いてきた日常の風景。たとえばヨーロッパのある小さな都市。街中のバールみたいなところで早朝からゆっくり酒を飲んでいるお爺さんの姿。そして夕方。同じ店の前を通ったカメラが映し出したのはまたそのお爺さんの姿だった、みたいな。のどかで、でも根太いひとの暮らし。とても変化の激しい時代だけど、一方で太い糸のように繰り返されてきた人の当たり前の暮らしというものもあり、その両方への目配りは忘れたくないものだ、と思う。余談だけど、僕の通勤もまず一軒の惣菜屋さんの前を通りすぎてそこのいい匂いを嗅ぐことから始まっている。雨が降ろうと天気が良かろうと。



よしむね

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